群
ら千鳥ちどり は、河口や町屋の空に、たえず風花かざはな
のような弧をえがいては、またサッと、低い羽音とともに、所きらわず舞い落ちた。 「風か。── 熊太」 「また、やまぜ (東南風)
が吹き出して参りましたな」 「屋島から乗って来た小舟はどこに待たせておいたか」 「浜の二ツ松に」 「来る時は、凪なぎ
であったが、このやまぜに向こうては、どうであろう」 「わずか、櫓ろ
二ツの小舟、休みなく漕こ ぎ急いでも、三日三夜みよ
はかかりましゅず。それも途中、風雨の厄に会わねばのことで」 「そのように、幾日も費やしてはおれぬぞ。なんとしても、明日の夜までには行け」 「そ、そんな、御無理なことは」 「無理でも、帰らねばならぬ。──
おそらく、屋島の御船手は、軍勢すべてを分かち乗せて、もう今日ごろは、一陣二陣と、福原の輪田ノ岬さして、御発向と思わるる」 「都の内の、源氏勢は」 「物具もののぐ
解と いている兵はない。いつにても、生田いくた
、一ノ谷へ駆け向かわんず様子に見えた。わけて、九郎殿が手の者は」 「九郎殿とは」 「鎌倉殿がおん弟」 「しゃつ、あのような冠者かじゃ
の率いる兵に、われら平家が打ち負けはいたしませぬ。ひとたび、屋島の御軍勢が、播磨はりま
、摂津せっつ の岸へ上れば」 熊太は、燃ゆる眼になった。 が、美少年の眸は、また翔か
けよぎる千鳥の影を海の方へ追って ── 「やよ熊太、今は、勝ち負けを案じているのではない。一刻も早く、屋島へ帰らぬことにはと、胸ふさがる思いなのだ。・・・・なだ今日明日には、主上のお座船や、父君が乗らせ給うお船も纜ともづな
を解くまいが、三夜もすぎては、間に合わぬ。もし、それに乗り遅れなば、いかなる御折檻ごせっかん
をうくるやも知れぬ」 「それゆえ熊太も、やきもきしておりましたのに」 「過ぎたことは、もう言うな。ただ、なんとか、早う渡る思案をせい」 「ちっ、今となって、そんなだだをおこね遊ばしても」 「ああ、千鳥のつばさが身に欲しい」 「お待ちなされませ。二ツ松まで行って、談合して参りまする。しょせん、あの小舟は捨て物、よその船持ちにかけ合うて、大きな速船はやふね
が出せぬものか、どうか」 熊太は、若い主人のわがままをそこに残して、長柄ながら
の浜の方へ駆けて行った。 待つ身に立てば、わずかな間も、どんなにいらだたしいかを、美少年は、こんどは身に知る番になった。 渡辺橋が、とどろに鳴っていた。見れば十騎二十騎また七、八騎と鎧武者よろいむしゃ
の一隊が、北へ渡って行き、淀よど
の上流へと、急いで行くのだった。 「渡辺党よ、渡辺党が行く」 「源氏の召文めしぶみ
にこたえて、渡辺党も東国方に加勢と決まったものとみゆる」 往来の声は、美少年の胸をつよく打った。 |