都の常の御座所ならば、諸卿
の献上した玩具おもちゃ も、かずかずあった。しかしこの際である。みかどの玩具などは、つい御母も、典侍たちも、持たなかった。 老経盛は、根気こんき
よく、むずがるみかどを、おなだめし抜いた。 「おう、おう・・・・。いまに、このじじもお相手して、なんなとお遊びいたしましょうわい。それには、ここらの野山より、もっともっと、よい所へ参りましょう。福原の港から、美しいお船に乗らせ給うて、海をば、西へ西へと行きますと、音戸おんど
の瀬戸やら、厳島いつくしま などと申して、それはそれは景色もよく、みかどのお遊びにふさわしい天地がいくらでもございまするぞ。・・・・のう、そこへ、急ごうではございませぬか。さ、御輿みこし
に召し給うて、西の海へ」 海と、聞かれて、みかどは、やっとおうなずきになったが、いざ御輿へとなると、みかどはまたも、御母おんはは
のうなじにしがみついて、何事かを、小さなお声で訴えた。 御母は、その仰せを、うしろの阿波あわ
ノ局つぼね や帥そつ
ノ局つぼね へ、ささやき伝えたが、みかどは、御ははとでなければいやだと言う。そいてせっかくのご機嫌もまた元へこじれそうになったので、 「では、みなも来やれ」 と、建礼門院自ら、お手をひいて、秋草の中へ入って行かれた。 武者の大群も、彼方に霞かす
むほど歩いてから、御母は、立ち止まった。そして女官たちへ、 「みなは、後ろに離れ、ただ人屏風ひとびょうぶ
を囲かこ っていて給た
も」 と、いいつけた。 みかどは、御母の言葉も待たず、萩はぎ
、桔梗ききょう 、女郎花おみなえし
などの乱るる上へ、すぐ、お袴はかま
をめくって尿ねい をおそそぎ遊ばした。建礼門院は、御装束ごしょうぞく
の裾すそ を扶たす
けながら、その無邪気な、お顔を仰いで、 「みかどは、良いお子様でいらっしゃいましょう。日の御子みこ
でいらっしゃいますね。・・・ですから、この母を、今のように、もう困らせないでくださいまし」 「・・・・・うん」 「また、先ほどのように、関守小屋の厠かわや
は、穢むさ いゆえいやじゃなどと仰せられてはいけません。旅路の厠は、みな、御所のようではございませぬ。厩路うまやじ
のお宿でも、波路なら船の上でも、おきらいなく遊ばさねば・・・・」 「あい」 「おお、よう、よう、お分かりですこと」 御母とともに、小流ささなが
れの水へ屈かが んで、お手を浄きよ
め、やがて元の所へ戻って来た。もう今度は、みかども、お愚図ぐず
りなく、素直に輿こし の中へ入って、御母のひざに抱かれた。 |