〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-Z 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (九) ──
一 門 都 落 ち の 巻

2013/10/27 (日) いけ 殿どの ひき かえ し (三)

先は十数騎。頼盛の多勢にかな うはずもない。すぐ馬首をめぐらして逃げ出した。 「池殿、寝返ったり」 「池殿には味方へ弓を引かれたるぞ」 と、大声揚げながら逃げて行った。
「追うな。追うな。こなたは、先を急がねばならぬ」
郎党たちへ言って、頼盛は一そう焦心あせ り気味に駒を早めかけた。
すると、今の瞬間を、暗然と傍観していた老臣のたいらの 宗清むねきよ が、
「あ。しばらくお待ちを」
と、駒を飛び下りて、頼盛の馬の口輪を抑えた。
「急ごうとは、そも、いずこへ急ぐ思し召しですか」
「宗清。なぜ、それを問うのか」
「おただ しせずにおられませぬ」
「わしの心を ── この苦しい、やりばのない気持を ── たれより深く知ってくれる者は、宗清、そちではないか。そちとのみ思うていたに」
「さればこそ、もう一度の御堪忍ごかんにん を、たって、お願い申すのでおざる。今日までの、人知れぬ御忍苦も、ここで我慢をお破りなされては、なにもなりますまい。可惜あたら 、命惜しさに、御一門を見捨てた卑怯者ひきょうもの と、世に口汚く言われましょう」
「いわばいえ、人の口端くちは など、心にはかけん。頼盛が心底は、神仏が知っている。亡き母の池ノ禅尼ぜんに 、亡き義兄あに の太政入道殿 (清盛) には、分かっていて下さろう」
「さまで、おん二方ふたかた の御遺志をお忘れないならば、なおさら、ここはもう一つ、歯をくいしばっても、自我にお ちあらねばなりますまい。今し、主上を始め奉り、ご一門零落れいらく のまぎわに、きびすかえ して、ひとり都に居残られ給うては、多年のおこころざし も、むなしきばかりか、世の笑いぐさ」
「いやいや、わしは恥じぬ。この、みじめな路頭ろとう の迷いを見たくないばかりに、早くより今日を憂い、鎌倉殿(頼朝) との仲を、なんとか、未然に和してゆきたいものと常々心をくだいてきたのだ。・・・・そ、それをば、あの、おろかなる内大臣おおい 殿はともあれ、一門のたれ一人とて、知ってはくれぬ」
「存じております。たれ知らずとも、宗清は」
「そうだ。・・・・二十余年前、平治の乱のあと、美濃路みのじ にて、まだ十四の頼朝殿を召し捕らえ、わが屋敷へひいて来たのは・・・・宗清、そちであったろうが」
「はい」
「わが母、池ノ禅尼が、敵の子ながらあわれと思し召して、義兄あに の清盛殿に、再三の命乞いをなされたの。・・・・そのため、ゆるされて伊豆のひる小島こじま へ流さるるその日まで、頼朝殿にかしず いて、手厚い情けをかけて与えた者も、わが家の弥兵衛やひょうえの 宗清むねきよ であったろうが」
「まこと しき御縁でした。およそ今日、平家と源氏の間に、なお、一縷いちる の繋がりと、心の通いを望むならば、ただその一事しかございますまい」
「幸いに、鎌倉殿は、旧事を忘れず、禅尼の命日には供養を怠らぬと聞くのみか、その禅尼の実子なるがゆえ、この頼盛へも、四時の便りをままよこされた。── 身を平家一門におき、一門の者へひそ か事とは思いながら、平家源氏の確執かくしつ が、けわしさを加えるにつけ、われ一個のみは、憎み合わぬ外に在って、なんとか、大乱にいたらぬように、また、万一の切迫せっぱく には、鎌倉殿との間に立って、平家の崩壊くずれ も、平家の面目と余命を保ち得るかぎりにおいて、事を、収拾せんものと、人知れず、ちぢに胸をいためていたのだ。・・・・そうした頼盛の本心は、家人けにん にも、今日まで、明かしてはいなかったのが、そちには言わず語らず分かっていたはず。・・・・
「分かっておりまする」
「ならばなぜ、分からぬ一門の者のごときことを、そちも言うか」
「御一門の内に在ってこそ、御苦衷も生きましょうが、ひとたび、平家を離れては、今日までの御忍辱ごにんく 、すべて、水の泡でおざろう。いや、どうお言葉を尽くしても、池殿こそは、命を惜しんだものと言われまする」
「おお、命こそよ。内大臣おおい 殿どの のような愚物の麾下きか に従うて、西海の果てに漂い、家の子郎党を死なせ、わが一命を終わるなど、思うだに、身の毛がよだつ。・・・・平家の滅亡は、あと幾年いくとせ を待つまい。もう頼盛の願いも絶えた。わしはわしだけの願う道をたどる」
「では、どうあっても・・・・」
宗清は、さんぜんと、涙をたれ、
「もう申しませぬ」
「言うな」
と、鋭く、後ろめたい自己の迷いも断ち切るごとく頼盛は言った。そしてその焦心あせ りを馬のたてがみにも見せながらすぐ駆け出した。
どこを頼みに、彼は、これだけの大家族を連れて、燃ゆる都のすみに、隠れようとするのか。
先々も、心細くなって、
「今は、身を託す主君にあらず」
と、考えた家来もあろうし、また、
「おれは根からの平家の子。主人たりとも、平家を離れ給ううえは、主人とは仰げぬ。── あくまで、御一門の人びとと終わりをともにせん」
と、誓う者もあったろうし、故郷の田舎へさして帰った者も多かったに違いない。
やがて、頼盛は、京の外々そとそと をまわって、仁和寺にんなじ 附近の一院へたどり着いたが、三百余の同勢は、わずか六、七十人に減っていた。郎党のあらましは、一門を見捨てた彼を、また見捨てて、途中、思い思いに影を消していたのであった。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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