〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-Z 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (九) ──
一 門 都 落 ち の 巻

2013/10/24 (木) これ もり みやこ ち (四)

また、この小松殿の邸内には、斎藤さいとう 、斎藤六といい、兄は十九、弟は十七になる小侍こざむらい が仕えていた。
この可憐かれん な小侍の兄弟は、北陸で討死を遂げた斎藤別当実盛の子なのである。
この朝、 く、小具足こぐそく つけて、おんあるじ が立つのを外で待ちうけていたが、維盛は、平門ひらもんきわ に、影を見つけて、
「おこと らは、連れ行かぬぞ。許しもせぬに、なんで、そんな所にいたか」
と、しかった。
兄弟は、口をそろえて、
「年来のおんあるじ が、落ち給うを見、なんで都に残りましょうか。いずくまでも、おん供の端に」
と、いっかな、 かない顔つきで言った。
「いやいや、おこと たちは、まだ、十か十二のころに、別当実盛より頼まれて、わしが子飼いに育てて来た者だ。・・・・その実盛すら、先ごろ北陸の戦いには、おこと らを、ともに連れて給えとは、願わなかった。・・・・あわれ、武門のつらさを、実盛はよう知る者ぞ。── その子の、おこと らを、こたびの供には連れて行けぬ」
「いえいえ、老父はどうありましょうとも、われら兄弟は、死も誓うてのことでおざりまする。何とぞ」
「ならぬ、ならぬ。それほど、 に心をつくしてくれるなら、後に残って、北の御方や、六代ろくだい の行く末を見とどけてくれい。維盛の供をして、死んでくれるよりは、ありがたいぞよ」
言い捨てて、彼はようやく、門を立った。── むかし燈籠とうろう大臣おとど といわれた父重盛以来の小松谷の仏舎造りの館をあとに、主上の輦輿れんよ を追い慕った。
諸所の建物に、古巣焼きの火がかけられたとたんである。大路の松原で、宗盛と行き会った。
宗盛は、彼が、あれほど愛していた妻も子も連れていないのを見て、
「おおかたの人びとは、みな妻子をともな えるに、小松殿には、など六代君ろくだいぎみ や北の方を、お連れあらぬか。さても、お気づよさよ」
と、眼を見張って言った。
もうその時には、維盛の胸は自分でなだめられていた。微笑をふくんで、彼はそれに答えた。
「しょせん、お互いの行く末は、頼もしいものとも思われませぬ。今日別れるも、明日別れるも、立つ秋とおなじものです。こずえ により、木々により、散るを急ぐ葉、おくれる葉、さまざまなれど、いずれは秋の一ながめの間でしょう。── そう、存じたるによって」

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
Next