老職とか、女童
や女房たちは、にわかに立ち退の
くことになったので、さっきから、屋の内は騒然としていたが、ほどなく、六代丸ろくだいまる
や幼い姫も起こされて来て、また、父との別れにがんぜない泣きじゃくりを見せるのだった。 大人たちのしている悲嘆や大騒動が、いったい、何を意味するのか、もとより分かるはずもない。子らも女童めのわらべ
もただならぬ大人たちの語気や顔色に悲しむのである。まわりが泣くので、小さい魂も悲泣し、小さい者たちの嗚咽おえつ
に、北の方も、維盛も、断腸だんちょう
の思いを強くするのであった。 「煩悩ぼんのう
だ。・・・・かくては、限りもないこと」 維盛は、鎧よろい
を取って着、面おもて をあらためて、大股おおまた
に、中門ちゅうもん の廊ろう
へ出て行った。 そして、ともすれば、持ち支えきれない自分のもろさに意識しているかのように、わざと強く、大きく、 「馬を。・・・・馬をはやくひけよ」 と、どなった。 母の姿が、父の胸もとにとりすがったのを見て、幼い二人も、父の鎧につかまって、泣き暮れた。 この廊口が、永遠の別離になるかと思うと、宗盛の頬にも、怺こら
えていたものが、いっさんに流れた。身を武門にうけた宿命を恨まずにいられなかった。 沓脱くつぬぎ
の廂ひさし に、駒こま
が寄せられた。われながら、女々めめ
しさよと、郎党たちの手前も恥かしく思って、維盛は、駒のそばへ降り立った。そしてすぐ馬上になると、さっきから、中門の外に待ちわびていた維盛の弟 ── 新三位しんざんみの
中将資盛、左中将清経、少将有盛、丹後侍従忠房、備中守びっちゅうのかみ
師盛もろもり の五兄弟が、庭門のあたりから、声々に、 「やあ、兄君には、何を暇取っておられたのですか。行幸の御輿みこし
は、もうはるかだということですぞ。余りな遅参ちさん
に、人もいかにせんやと、案じておりましょうに」 と、責めるように言った。 「おう、まこと、わが身ながら、けさばかりは、みぐるしい不覚」 維盛は、弟や両党へ、悪びれずに、そう言った。そして、いちど馬を乗り出したが、ふと立ち戻って、鞍くら
の上から弓手ゆんで を伸ばし、弓の先で、廊の縁際えんぎわ
の御簾みす を、ざっと、上へかき上げながら、 「──
あれ、御覧ぜよ方々かたがた 。あのように、幼き者までが、余りに、慕い候うて、身のおろをば追うゆえに、つい、とこういいなだめて立たばやと、存じの外な遅参をいたした。あわれ、維盛が、ふた心にては候わず。ゆるし給えや」 と言った。そして、いまは見栄も捨てて、まいちど、妻子に顔を見せてやるつもりか、しげしげと、暁の下に、その面と姿を、じっとおいた。頬には、数行の涙が白く光っていた。
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