都の七月は、山城盆地特有な暑熱の底にかすんでしまう。前月の末ごろから雨もなく、加茂の川床
は干上がっていた。町屋根は、どこの板葺いたぶき
も檜皮葺ひわだぶき も、鳶とび
が逆毛をたてたように反そ りかえっている。 「ひでりに凶作なしというが、今年は、ひでり飢饉ききん
じゃわ、怪け っ体たい
な年もあるものじゃ」 「それが、五月ごろには、降りも降ったわ。一年分の雨を降り尽くしたとみゆる」 「何せい、天道さまも、どうかしたげな。去年、おととし、満足に五穀が実みの
った年はない。豊葦原瑞穂とよあしはらのみずほの国に、毎日、行きだおれが、数も知れぬとは」 「これも、時の政事まつりごと
と、上に立つ者の非道のせいだ。世のたてまえが直らぬうちは、天道さまのお怒りはやむまい」 「そうだ、平家がどうかならぬうちは」 「平家だけが悪いとはいえまいぞ。公卿堂上も、火放ひつ
け強盗をやらしているやみの人間も」 「なアに、たれが悪い、かれがよいと、ひと口には言えるものか。世は、乱脈だ。悪いといやあ、人間がみんな悪い」 「いやいや、人を誹そし
るな、天を恨むなと、麻鳥あさとり
さまは、おらたちの顔を見るたびにいわっしゃる。── こんなときには、一心、気をそろえて、手足の満足な者は働き、弱い者は扶け、とかく、扶け合いで、よい日を待つほか、生き方はない。人と人とが信じあわぬ限り、世は地獄になろうと、麻鳥さまは、いつもいうがの」 ひと休み、農具をおいて、土に腰をおろしあった貧しい男女の群が、素朴な思いを、高声で話していた。 三条辺の一角である。 内外うちそと
もない崩れ築土ついじ の名残を見ても、むかしは女院の御車みくるま
や、大臣おとど の沓くつ
が、出入りしたことであろうものと、偲しの
ばれる。 茫々ぼうぼう
と荒れたその跡が、あちこち、耕され出していた。 ここばかりではない。 都の中に、目立って、ことしは、田や畑ができた。 かつての、大火の焼け跡やら、福原ふくはら
遷都せんと のさいに殖ふ
えた空地とか、また、一朝にして亡んだ大邸宅の廃園などが、洛中、三分に一ほどは、数年、雑草の生お
うるまにまかされていたものである。── それが近ごろ、土をかえされ始めたのだ。粟あわ
や稗ひえ や芋畑などに、変わって来たのが諸所に見られる。 たとえば、源三位頼政らとともに、御謀叛をあげられ、以後、お主あるじ
なきままになっていた以仁王もちひとおう
の三条高倉の御所の庭などにも、麦の刈られたあとが見え、今では、蕎麦そば
の花が白々と咲いていた。 |