「道は、岩やら山茨
。攻め登る敵は、足もとに悩もう。弓を放つも、ムダ矢。打物うちもの
を振うも、ままになるまい。── 味方は、足場のよい山上に固く構えて、彼らの射疲れを待ち、ころを計って、一挙に源氏を追い降ろそうぞ」 維盛は、あたりの部将に言って、たちどころに、陣場を選んだ。 一隊は、卯ノ花から塔ノ橋附近の高地に拠り、本陣は、三国山、猿ヶ馬場の辺りに、密集した。 そして、楯たて
をならべ、赤旗を、へんぽんと立てつらねると、直面の矢立山の一端からも、源氏方が、白旗を、あきらかに、立てて見せた。 「やあ、敵はもう、間近まで、登っているぞ」 こなたも、どとめき、かなたでも、わあっと、声を発して、どよめきだした。 源平両軍は、初めてここにまみえたのだ。お互いの間は、わずか二、三町の距離しかない。三町といっても、当時の一町は、後の何分の一の短さである。眼を懲こ
らせば、敵兵の姿も、その表情も、よく見えるほどな近さだった。 やがて、しきりな武者声を、交互に揚げ出した。敵を眼に見たせつな、自然に出る咆哮ほうこう
である。身のうちの恐怖を見のうちから追い出そうとする声でもあり、徐々に、人間を野獣の勇に変えてゆく声でもあった。 「わあつっ」 「うわあっ・・・・」
「わあああああ・・・・あああ・・・・」 山波の上を行く雲までが、なんとなく、原始の世を思わすような様相を呈し、一瞬、武者声がやむと、しいんと、鬼気にみちた静寂しじま
が山中をくるんだ。── と思う間に、 びゅっん ── と、楯たて
の前から放つ鏑矢かぶらや が空をうなって、白旗の陣へ射込まれ、源氏方からも、同時に、弓武者十五騎が、楯の外に立ち現れて、一せいに、鏑矢を射返した。 射手は、三十騎となり、五十騎とふえてゆき、やがて、矢風の休みを狙ねら
って、そこの高所から、徒歩武者が駆け下り、こなたの崖がけ
へ、はいつこうとする。 もちろん、平軍も見てはいない。 平家方の徒歩武者も、楯の内から踊り出して、有利な足場から、彼らの真ま
っ向こう へ、斬り下りた。はやくも、そこには、甲冑かっちゅう
と甲冑との、組み合いやら、斬り結ぶ光が見られ、あえなく、谷間へころがっていく兵の影もあった。 しかし、木曾勢は、挑いど
んでは、すぐに兵を退ひ かせた。これは、
「即つ かず、離れず、敵をあしらいおいて、夜にはいるを待て」
という義仲の指令を守っていたものである。 |