六波羅広場には、宗盛を初め、知盛、重衡、維盛、そのほか、一門の若々しい顔は、みな華やかな兜
、鎧よろい に身をかためて、ひしめいていた。 「いつかは、かからんこともあろうずと、常々思うていたところ、案の如しよ」 と、公達きんだち
ばらは、口々に、日ごろの不服を、大声で吐は
きあっていた。 一門の長上めうえ
たちは、法皇のお扱いとか、御態度なりを、真っ正直にうけていたが、若い人びとは 「さて、どうあろうか」 と、いぶかった。 「これまでの御性情としても、あるまじき近ごろのおんつつしみ様よう
」 と、むしろ、疑惑を深めていたのである。 だから、公達ばらとしては、 「さてこそ」 と、思っただけで、意外とはしていなかった。狼狽ろうばい
したのは、すべて、一門の長上ちょうじょう
たちで、 「内裏だいり
を護れ。何をおいても、真っ先に、内裏を警固し奉れ」 と、一軍を割さ
いて、すぐ急がせた。 天皇を推戴すいたい
する。その軍は、即そく 、官軍であり、号令は、勅となる。 宗盛や教盛たちは、すぐその惧おそ
れも抱いて 「もし、帝の御動座などを見ては」 と、大いにあわてたのである。それへの手当てがすむまでは、何事も耳に入らない様子だった。 「やろ、兄君。より以上、法皇のお行き先を追い奉るこそ、今は、急ではございませぬか。もし、一院が、叡山へおはいりあっての後となっては」 重衡に言われて、宗盛は急に、一方の空を見て、 「それよ、それもじゃ。なんと、心忙こころせわ
しいことではあるぞ」 「たれのかれのと、人選びいたしていては、手間取りましょう。相手は、ほかならぬ法皇きみ
、事むずかしゅう覚えますが、いっそ、わたくしが参りましょうず」 「おう、行ってくれい。み車に追いつき参らせ、是が非でも、お連れ戻して来てくれよ」 「心得まいた」 重衡は、武者三千騎をつれて、ただちに、法皇の御幸車ごこうぐるま
を追いかけた。 御幸の列は、志賀の坂本の南、穴太あのう
のあたりにさしかかっていた。── 重衡は遠くから、 「やあ待ち給え。車副くるまぞい
の人びと、み車をしばし止め給え」 と、駒こま
を早めて呼びかけた。 遠見にも知れるほど、供奉ぐぶ
の人びとは、うしろを見て、あきらかな狼狽ろうばい
と、噪さわ ぎに、行き淀よど
んでいた。 追いついた六波羅武者の一隊は、み車を先へ駆け抜けて、半町ほどかなたでぴたと止まった・そして松並木から湖水こすい
のなぎさまで、横列を布し き、道に人壁ひとかべ
を作ってしまった。 |