「お館
には、お眼ざめでございましょうや」 早暁のことである。 門脇殿かどわきどの
の門はまだ閉まっていた。 そこを叩いて、中門廊の前へ来た使いの武者は、 「直々じきじき
、申し上げよと、主人よりいいつかって参った使いの者。すぐお伝え願いたい」 と、召次めしつぎ
へ、言った。 召次の侍が 「いずれから?」 と訊たず
ねると、 「本三位中将ほんざんみのちゅうじょう重衡卿しげひらきょう
の家の子」 と答えるので、侍は、急いで、奥のお人へ、その通りを取次いだ。 まだ眠っていた教盛は、そらから顔を洗い、髪を撫で、ずいぶん、時たってから、やっと中門廊の端に、姿を見せ、 「何事かよ、この夜明けに」 と、庭面にわも
に、うずくまっている使いを見た。 「余よ
の儀でもございませぬが・・・・」 と、使いの武者は、あたりをはばかるような声で言った。 「── 昨夜来、山門の動きは、何やら不審が多く、御用心あれとの、諜者ちょうじゃ
の知らせも、しきりに、はいっておりまする」 「うむ、夕べから、そんなうわさだが、山門の不穏というやつ、まことに、めずらしくもない話だ。また強訴ごうそ
騒ぎでもやるもであろう」 「いえいえ、それとは異こと
なり、平家討伐の軍支度いくさじたく
と、聞こえまする」 「なに、軍を催もよお
し、攻めて来ると言うのか」 「山門へたいし、ひそかに、法皇の御内旨があった由で」 「た、たわけたことを、一院が、さような密命をお下しになるはずはない」 「されば、さようなお肚はら
ぐろいおん謀たくら みのあるびょうはずはないと、昨夜から風聞も、聞き流されておりました。しかるに、今暁、まだ天も暗いうちに、一院には、にわかに、法住寺殿ほうじゅうじでん
を出られ、山門へお急ぎあったのでございまする」 「えっ、山門へとな。・・・・法皇のみ車がか?」 「はやくより叡山へ御遁入ごとんにゅう
のお企てらしく、侍者の公卿、北面の武者、女房車まで、悉皆しっかい
、供奉ぐぶ されましたそうな」 「しゃつ。怪け
しからぬおんことだが、して、して、一門の人びとは、みなその由を聞き及んでおろうか」 「主人重衡殿には、わられ家の子に命じて、諸家の御門を同様に打ちたたかせておるはずでございまする。当とう
お館やかた におかれても、すぐ六波羅へ、御出勢ごしゅつぜい
くださいますように」 「やや、陣布令じんぶれ
かよ。では、こうしてもおられまい」 教盛のりもり
は、にわかに、あわて出した。そして、まもなく馬上となり、郎党一族を引き連れて、六波羅へ駆けて行った。 |