麻鳥もまた、ぺたと、すわったきりである。ここへ入った時の病臭で、彼jは、この病人の直前の大熱と苦患とを、疑っていない。だが、
「お脈を」 とも申し出なかった。わずかに、そばの明りの位置をすこしすすめ、じいっと、入道の皮膚をながめ入った。 帳
のかたわらには、二位ノ尼殿と、右府宗盛卿がいた。その後方しりえ
には、典薬頭てんやくのかみ 定成さだなり
、典医頼基、入道にゅうどう 知康ともやす
などの医寮の人びとが、息をつめて、麻鳥の横顔を、凝視している。 「・・・・・」 二位殿の眸は、たよりなげに、やがて、麻鳥から、眼をそらした。侍医たちも、ようやく、彼を見るに、軽蔑けいべつ
な眼つきを、露骨にしてきた。 洗いざらした葛布くずふ
の狩衣に葛袴くずばかま 、何一つ飾っていないのは、いいとしても、なりは小さいし、容貌ようぼう
も平々凡々である。知性の光とか、人品の高さなど、見つけようとしても見出せはしない。 (こんな者が、和気百川わけのももかわ
の後継者とは?) すでに、侍医の間で、打ち合わせた時から、片腹痛い、と言いたげな者もいたのである。果たして、禅門のおん枕べでは、脈法もとらず、眼瞼がんけん
、口腔こうこう を診るでもなく、ただ禅門や二位殿の威に圧あつ
しられているのではないかと疑われる。 いくら、町で名声があっても、帰するところ、貧乏人だましの虚名を博して、おのれは名医ぞと、世間に見せかけている似而非え せ
大家たいか にちがいない。 「いらざる町医者を招いたものではある。施物せもつ
を与えて、早々に退きとらせたがよかろう」 と、言わぬばかりな眼と眼である。 「麻鳥どの。なにか、御辺として、お看護みとり
のうえの御意見でも」 ついに、ひとりが言い出した。 「されば、後ほど、申し上げまする」 「御拝診は」 「相すみましてございます」 「ほほう、もう、それでおよろしいのかな」 「はい。では、これにて」 一礼をほどこして、座をすべり、そのまま、侍医の間へ、退がって来た。 さすが、麻鳥も、控えにもどると、鼻腔びこう
で息をしていた。顔は蒼白あおじろ
く冴さ えてみえる。 全能の精を、ある一点へ凝集したあちの異様なまでに昴たか
まった自己の生理を、静かに平調へ返している姿であった。 |