まもなく、車が停まる。 併立
して迎える公卿たちの列の間を、入道は無表情に通って行った。 そして奥深い中殿ちゅうでん
の廊まで来ると、ふと、打ち悄しお
れた人影に行き逢った。左中将さちゅうじょう
清通きよみち と右中弁うちゅうべん
兼光かねみつ の二人である。 眼ばやく、みとめて、 「両所りょうしょ
両所。上皇きみ の御容態は?」 と、心せくまま、入道の方から訊ねた。 二人は、相国と見て、ひとしお首を垂れ、 「・・・・今し方、ついに」 と、あとは声も消え入った。 「なに、はや御臨終とな」 そう聞いて、初めて気づいたことだった。広い大殿おおどの
ではあるが、物音ひとつせず、しいんと、凍い
てた池のように潜ひそ まりきっていたのである。 「そ、そうか。・・・・それはまた」 入道は、妙に舌がつれて、自分の言葉も無意識であった。つつつと、、小刻みに歩みを早めた。そして、御病間のあたりへ近づいた時である。灯もない一間の簾す
の内に、よよと声を袿うちぎ の袖につつんで、泣きもだえている女性にょしょう
があった。 臨終のおん枕辺まくらべ
を遠く離れ、ただひとりで、心ゆくまで、泣こうと思い、そして泣いていた人に違いない。長がやかな黒髪も花の顔かんばせ
も涙にひたして、五衣いつつぎぬ
の臈ろう やかな姿を几帳きちょう
の下にとりみだしているのである。 「・・・・?」 清盛は、佇たたず
むともなく、簾す の蔭に、立ち止まった。 その女性にょしょう
がむせび泣く声は、すぐ、入道の血に響いてくる、まったく同質な何かを持っていた。 「むすめだ。徳子よ」 と、清盛は知って、彼の胸もたちまち嗚咽おえつ
をともにしかけた。 「むりもない。この入道を父としたため、あたら女の生涯をと、さだめし恨みも思おぼ
すらめ。来世には、氏うじ も位もない庶民の娘に生まれたやとも思うであろう。・・・・あま傷いた
ましの、おん国母こくぼ やな」 つい、彼も、はふり落つる親の涙を、どうしようもなかった。 すると、御遺骸ごいがい
の置かれている奥まった辺りから、澄んだ鉦かね
の音がひびき、大勢の僧が、声を合わせて称名しょうみょう
するのが聞こえて来た。おん枕辺から、細殿ほそどの
にまで詰めあっている近習、公卿、女房たちも、掌て
を合わせて、それに唱和しだした。 「・・・・や、や。また耳のおくで、蝉せみ
が啼な くわ」 入道は一瞬いっとき
、虚空の物もの の怪け
でも睨ね めまわすような眼をして、両手で耳をおおった。 そのうえ、何思ったか、急にそこから車寄せへ引っ返してしまい、車廂くるまひさし
に内へ深く隠れてから、初めて、大殿おおどの
の方へ向かって両掌をあわせた。 雪をかぶった牛車が、雪の道を行くあいだ、入道は、流れるにまかせた涙の顔を、人知れず、幾たびとなくふいていた。 |