清盛の一子、頭
ノ中将ちゅうじょう 重衡しげひら
と、門脇殿かどわきどの (教盛)
の嫡男、中宮亮通盛は、時ならぬ西西条の召しに、 「何事やらん?」 と、すぐ駆けつけて来た。 霜の朝は、真白に、明けていた。 入道清盛は、もう蓬壺ほうこ
(室名) に出ていた。一見、常の彼と、変りはない。── ただ、白々と明けて来た霜景色を外に見つめ、ゆうべの自身が、自分でもけさの想念に、つかめないでいるような姿にも見える。 けれど、小薙刀の業わざ
は、彼にも、はっきり思い出せた。夢中でしたことではない。意志である。あきらかに、行為を楽しんでした行為だ。 「はて、おれはけさ、たれを待つのか?」 むしろ、明瞭めいりょう
を欠いているのは、それからの記憶であった。宿直とのい
たちのうろたえや、口々な言葉だった。自分も言った気がする自分の言葉である。何を喚わめ
いたろうかと思う。 「通盛みちもり
にござりまする」 「お召しによって、重衡しげひら
、参上いたしました」 蓬壺ほうこ
の次の間で、声がした。 帳ちょう
が引かれ、境の絵襖えぶすま が開かれる。 重衡、二十七歳。通盛みちもり
三十一歳。いずれも、華やかな公達きんだち
武者むしゃ である。それが、姿を並べて、手をつかえている。 卯う
の花おどし、萌黄もえぎ おどし、きらびやかな陣刀。そうした眼を射るがごとき装いを見て、清盛は、はっとした。 (・・・・そうか、二人を呼びにやり、陣触れを申し渡したのだ。陣触れを) 思い出した面持ちだが、しかし、それは少しも悔く
いている色ではない。 自分以外の者が、自分をして、こう、させたのだと思う。日ごろの小心な自分では、決断し得ないことである。自分に代って、何ものかの力が、二人を呼び寄せたものだろう。それならそれでいい。いや、今となっては、それ以外に取る方法はないだろう。手を拱こまぬ
いていれば、平家の自滅だ。清盛自身の死は、さほどにも惜しみはない。正直、そう死にたくない気もして来ない。年齢である。だが、煩悩ぼんのう
は捨てきれない。一族、無数の行く末を思えば、このまま、自滅を待つ気には、どうしてもなれないのだ。 (かくて、死ぬまで、食うか食われるかの業ごう
を、おれは、やり尽くさねばならないのか) そう思いながら枕についた昨夜であった。── いやなお、業ごう
の厭いと わしさに、心も定まらず、善心と鬼とが一つに住む空洞を抱いたまま、眠らぬごとく、いつか眠ったものとみえる。
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