人為
のほかな人為がある。 何か、眼に見えないものが、この世を、動かしているのではないか。そう、疑われもするような、偶然や、不可思議な作用が、この世にはある。 おりもおり。 入道清盛が、妹尾兼康と、次郎大夫の二人を退しりぞ
けて、 「ちと、物憂ものう
い。いつもの、薬湯やくとう を煎せん
じてくれよ」 と、近習にいいつけ、それを飲んで、夜具よのもの
を引き被かず こうとしていた時である。 義弟の大理卿だいりきょう
時忠ときただ が、訪ねて来た。 時忠が、会いに来るのは、いつも何か、重要問題ときまっている。抜け歯のせいか、入道の心には空洞くうどう
ができ、しきりと妄念もうねん
の鬼が、空洞に躍っていた。 「会うのも、物憂いし、会わぬも、気がかりだし・・・・」 迷ったが、思い直し、帳台に内に、臥床ふしど
の設しつら えを見せた部屋へ、彼を通した。 「どこか、お悪いのですか」 と、時忠は、すぐ、顔色をうかがって言う。 「──
いや」 と、重たげに、入道は顔を振り 「大理卿、何事かある」 と、訊ねた。 「されば、これを御覧くださいまし」 と、一通の書状を示した。 興福寺から、叡山えいざん
延暦寺えんりゃくじ へあてた密書である。 内容は、解くに困難なほど、簡略な文だが、それを見ると、久しく不和な南北の二山が
「平家打倒」 のもとに結ばれて、頻々ひんぴん
と、連絡を交わしていることが、充分に、証拠だてられる。 なお、仔細しさい
に、熟視じゅくし していると、鎌倉とも、通じている匂いがして来る。清盛は、毛穴がよだった。抜け歯の悪寒おかん
のせいばかりではない。 「時忠。・・・・これは?」 「奈良と、叡山との、峰道通いに、検非違使けびいし
の武者を伏せおいて、使いの法師を捕え、やっと手に入れたものにござりまする」 「山門に、明雲座主みょううんざす
がおられる以上は、憂いはないと、思うていたが」 「座主ざす
も、はや、飾り物、大衆だいしゅ
お大衆だいしゅ との結合には、抗しえません。いかに、明雲座主が平家へ心をお寄せくださろうとも、今は、施すすべもなきやに見えまする」 「どうしたらよいか」 「さて、どういたしたものやら」 名案もない。打つ手もない。 時忠は、夜にはいって帰った。そして、清盛の寝間には、以後、通った者もなかった。 |