〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-W 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (五) ──
御 産 の 巻

2013/07/15 (月) 「 教 訓 」 の 事 (四)

いよいよ謀叛人一同の処置が決定され、その手続きが運ばれているらしい。
新大納言成親の身は、備前びぜん の児島へ流刑と言い渡され、即夜、難波次郎経遠の護衛で、淀から大物だいもつ ノ浦へ、箱船で送られて行った。
近江中将入道蓮浄は、佐渡ヶ島へ。
式部大輔正綱は、播磨はりま の国へ。
宗判官信房は、阿波あわ へ。
山城守基兼は、伯耆ほうき へ。
新平判官資行は、美作みまさか の国へと。
それぞれ護送の武士が付き、あるいは箱輿はこごし で、あるいは裸馬の背で、まだ明けぬ空の都をあとに、北や西へ、陸続と追っ立てられた。
九条兼実の日記 「玉葉」 によると、二日の夜から三日にかけては “小雨降る ──” とある。
濡れそぼつ武者の群や松明たいまつ のいぶりに、この夜の混雑と、流人となって送られて行く人びとの打ちしお れた姿も、眼に見えるようである。
さらに、あわれであったのは、法勝寺の俊寛僧都と、平判官康頼、それに丹波少将成経の三人へなされた宣告で、
    “── 薩摩潟サツマガタ鬼界キカイ ヶ島へ遠流オンル ノ事”
と、言い渡された。
人びとは、ひとごとながら、そのきびしさに、驚いて、
「え、鬼界ヶ島」
「鬼が住む所かよ」
「いや、薩摩潟とある。永劫とこしなえ に、火の燃ゆる岩ばかりの島とかいうぞ」
と、きも をすくめ合った。
明くれば三日、清盛は、何思ったか、起き抜けに、ゆゆしく、身をよろ って、常の居間を出、中門廊のほとりに、将座を設けさせて、出陣でもするように、諸将のさしずに当っていた。
装いの、好みを見ると。
赤地錦あかじにしき直垂ひたたれ に、黒糸威しの腹巻、銀のかな ものを打った胸板をつけ、白金白金しろがね蛭巻ひるまき をした小薙刀こなぎなた を、うしろに立てていたとある。
そして、語気はいつもより静かに聞こえた。
貞能さだよし
と、呼び、筑後守貞能の姿を見 ──
「前夜、申しつけおいた通り、これより自身、法住寺殿にまかり、君への拝顔をとげ、積年 の御隔意も、また、このたびの事端の始末なども、悉皆しっかい 、御熟談を果しまいらせんと、思うにてあるぞ。── 今日こそは、院中の妖気ようき を一掃して立ち帰らんず。・・・・貞能、支度は」
と、言った。
「さん候う。いつにても」
「さらば、馬にくら を置かせよ」
清盛は起こって、中門を出た。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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