「内府。このごろは病も、いくらかは、よい方かの」 父子、伴いおうて、蓬壺
の一室へ通って行き、そして清盛はすわるやいな、すぐ訊
ねた。 見るからに、小松内府重盛の顔色は、よくないのだ。 「・・・・悪いな」 と、実は案じつつ言う親心なのである。 謹厳な重盛は、父の座
に対しても、容儀をくずづことなく、心もち頭を下げて、 「はい、昨今は、やや物も食べておりますゆえ、病み臥
すほどには」 と、静かな眸に、さびしげな微笑をたたえた。 病名はさらに分からないが、長年の食欲不振に、彼のもともと貴人風な人柄は、よけいに、俗臭を去り、脱脂されて、前姿に冷たい玲瓏
さをもっている。 「ときに父君。大納言殿には、どこにおられましょうか」 「成親か・・・・」 清盛の方は、あきらかに、顔色も変え、どこか落着きを欠いていた。たとえば、重盛の姿が水なら、清盛は、燃えつつ刻々に、心の火色を動かしている坩堝
に見える。 「── そうです。成親卿は、いずこのおられましょうか。これへ、お呼び給わりませ」 「いや。呼ぶわけにはゆかぬ」 「なにゆえでございます」 「うわさにも聞きつろう。平家をくつがえさんとした謀叛人
。かたく糾明 を申しつけてある」 「では、かの人をここへ召して懺悔
させ、重盛もともに、おん前でお詫
びいたしても」 「迷惑だな。懺悔の、詫びのと、そんな扱いですむ事態とは、事ちがう」 「が、父君」 重盛の唇も渇
いている。その唇が濡れるのを抑えて、清盛はここで、持ち前の大声をついに出してしまった。 「まて、内府っ。── このたびは、もう、差し出口は、せんでくれい。平治のおりのような、つまらぬ差し出口はよ」 「・・・・・・・」 重盛の烏帽子が折れるようにうつ向いた。 一言もない姿である。もし平治の乱の時に、父に対し、自分が成親の命乞いをしていなければ、きょうの騒動はなかったのだ。それは慙愧
と、悔いに値する。父の赫怒
は無理もないと思う。 ── が、さればとて、重盛には妻の兄に当たり、子の維盛
には伯父に当る成親が首斬られるのを、よそに見ているわけにはゆかない。 |