「な、な、何人
かの、ざん言です。── まったく、さる覚えは」 「覚えがない?」 「よくよく、おん尋ね給わりませ。なんで成親が」 「次郎っ。西上めが、白状の書上かきあげ
を」 清盛は、難波次郎の手から、数枚にわたる調書を取り上げると、大声で二、三べん読んで聞かせた。 「聞いたか、西光法師は、こう泥を吐いたるぞ、これはいかに。──
成親」 「ああ・・・・」 成親は、とたんに、悶絶もんぜつ
したかのように、襟毛えりげ の辺りを土気色にして、うつ伏してしまった。 「みよ、言い逃れはあるまい。あな、憎さよ、この男め」 足蹴あしげ
にもしたい衝動を、ただ両眼に燃やして、清盛は、難波次郎と瀬尾兼康へ、こう言い残して立ち去った。 「しゃゆめが、襟がみ取って、庭へ引き落とし、西光法師同様、痛め問いに遇わせても、日ごろからの吟味を遂げおおせい。──
構えて小松殿 (重盛) を、はばかるには及ばぬぞ」 小松殿に遠慮するな ── と清盛が武士へ言ったことは、清盛自身が、心の隅で、ふと、子息の小松重盛を、もう気にかけていたものといえよう。 ──
でなければ、虫の知らせか。 彼が、蓬よもぎ
の壺つぼ の方へ戻って来ると、姿を見かけて、筑後貞能、安倍資成、平六家長、飛騨守景家などの諸将が、中門廊をどやどやと小走りに来て、 「ただ今、小松殿の御車が、あれへ、お渡りになられました」 と、色めきながら、口々に告げた。 おかしなことである。なんで、この者たちまでが、重盛というと、異様な緊張を示すのか。ほかのたれよりも、物々しい迎えぶりを見せるのか。 清盛は、たれへともなく、むっと、不快な顔にけむらせて、 「内府か」 と、意識的に、かろく言い捨てた。 しかし、その眼が、いま、車寄くるまよせ
からこなたへ歩んで来る木蘭地もくらんじ
の直衣のうし に、こがね作りの太刀を横たえ、烏帽子ただしく、自分の方へ向いて、歩いて来る重盛の姿に気づくと、彼は、一ときの不機嫌も、忘れ去ったように、 「おお、見えられたか、内府」 と、自分の方から歩み寄っていた。
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