「しゃつ!
見るも、腹立たしさよ」 清盛は、こういう顔に出会うと、堪
らなく、むかついて来るらしい。 憎悪に憎悪の輪をかけて言った。 「世に不平の徒は絶えぬものを。おのれ、なんの大義があって、人を語らい、所もあろうに、仙洞を陰謀の窟いわあな
とし、君のおん名をかざして、平家を亡ぼさんと計りしぞ。 そもそも、おのれの如きは、少納言信西が下臈げろう
たりしを、君の召し使わせ給うて、なされまじき官職にも挙げたまい、父子ともに、過分な恩寵おんちょう
に恵まれたるをよいことにし、先には、子の加賀守かがのかみ
師高もろたか 、師経もろつね
の不埒ふらち より、山門の大衆を怒らせ、また先ごろあは、科とが
もなき明雲座主を流罪になすなど、みななんじの讒言ざんげん
なりと、人の申すわ。・・・・あまつさえ、清盛を討って、おのれ平家に代らんなどとは、八ツ裂きにしても飽あ
き足りぬやつ、世をみだす奸臣かんしん
とは、おのれのような者をば言うぞ」 こうののしるうちに、清盛の面も朱になって、ひたいから頬へ、汗がしたたり流れていた。 見よや、おのれのざまを。身のほど知らぬ野望の果てを、わが身の姿に見たがいい、いまはにがれぬところぞ。そも、いかなる手順で、そして一味の面々とは、たれとたれか。泥を吐け。一切を白状せよ、西光」 すると、西光は、後ろ手に縛くく
られている体を、むりに反り身に居直って、蒼白あおじろ
くあざ笑った。 「白状せよなどは片腹痛い。西光にも、西光の意思、口があんなれ。言いたくば言う。言いたくなくば言わぬ。やは、人のさしずに待とうや」 「おう、じかれ者の広言、おもしろい、吐ほ
ざいてみよ、意志のままに」 「法皇の御心みこころ
は知らず、院の別当成親卿が、計り給う議に、与くみ
さずとは、いえもせぬ、たしかに、それには与くみ
したり」 「首謀は、なんじと成親よな」 「いや、たれでもない。首謀は、自然の理だ。平家の専横を憎み、一門栄花の驕おご
りをのろう諸人もろびと の怒りこそ首謀よ。──
この西光を、世を乱す者といわれたが、歴朝の功臣を追いしりぞけ、藤氏とうし
の権けん を奪って、おのれが一族をもって、廟堂びょうどう
を埋め、天下の領田りょうでん
を、あらまし私わたくし の物として、法皇もあって、あらせられぬ如き奢おご
りと、政事まつりごと とを、ほしいままにしている人間はたれだ」
「この下司げす めが、いいもいうわ、身、相国の位置にあって、政まつり
にかかわるのが、なんのふしぎ、専横とは、何を指して申すか。奢おご
りとは何、総じて、それらの誹謗ひぼう
は、なんじらごとき下司根性の者のひがみよ。下司論議でなく、おおらかに、ものの実じつ
をあげて申せ」 「やあ、ふた言めには、ひとを下司げす
呼ばわりするが、そもそも御辺は、何者だ」 「何をと」 「忘れもしつらん、そのむかしは、スガ目の伊勢殿とて、貧乏随一の故こ
刑部ぎょうぶ 忠盛ただもり
の小せがれではなかったか。── 都の片隅に住みながら、生活たつき
には稗粟ひえあわ だに買えず、病には、薬の代しろ
にも事欠いた伊勢の平太ではあったろうに。・・・・かつは、殿上てんじょう
の交わりをだに人に嫌われた者の子が ── なんと、今は太政大臣をも経て、六波羅には兵馬をつなぎ、西八条には、一門万朶ばんだ
の栄花を競い、福原に、厳島に、この世をわが物顔と住むばかりか、大輪田の築港などに、おびただしい国費を私に使うなど、なべて、院の御本意にもあるまじ」 「だまれっ。奴やっこ
」 清盛は、体じゅうを、火にして怒鳴った。 「何条、清盛の志を、なんじらが知ろうや。法皇のみゆりしもなく、国費を濫みだ
りにしたなどとは、奇っ怪な作り沙汰。そういう根もない捏造ねつぞう
を言いふらして、不平の輩ともがら
を語ろうたのが、成親であろう。また、汝であろうが」 「それ、怒らるるは、即ち身に覚えがあればこそよ。この西光が下司か、御辺が下司か。また、西光が奸臣か、入道相国が、乱臣賊子か。良心は、あざむけまい。・・・・あははははは。蝉せみ
も木で嘲わら っているわ」 「世には口達者な下法師げほうし
もあるものかな。── 重俊しげとし
っ、重俊」 と、一方で呼びたてながらも、清盛は、彼の余りな毒舌と、不敵さに、気押けお
された気味で、ぼつ然と、庭さきを睨ね
めつけていた。 が、重俊の姿が、縁近くに、こひざをついて、自分を見上げているのに気づき、 「こやつが命、めったには取るな。獄へ下げて、なお、よくよく糺問きゅうもん
を重ねた後、仔細しさい に、口書を記しる
し上げ、後、河原へ引き出して、そっ首をはねろ」 と、いいつけた。 こうして、西光法師は、ことに厳しい痛め問い (拷問)
にあわされた。 彼の自白は、白状書き四、五枚に記しる
され、その夕べ、五条西の朱雀へ、引き出された。 そして、人も蚊もわんわん寄りたかる黄昏たそが
れを辻篝つじかが りの赤々と燃えハゼる地面にひき据えられ、松浦まつらの
太郎たろう が刃の下に、いとも呆あ
っ気なく、首を打ち落とされた。 |