「さあれ、主の頼政殿には、昔は知らず、今は、名のみ源氏の、見しぼらしき部門の端くれに、おわせられ、見らるるごとく、人数も至って、無勢にて候う。──
もし、ここを一途 と、目がけられ、神輿を振り入れ給わんか、人びとは申し候いなん。──
あわれ、山門の大衆は、老武者の守る無勢の門を衝つ
いてはいりたれ、弱きには強き大衆かな ── と」 唱は、微笑した。大法師たちは、むっそりと、平足駄と、薙刀の石突きを、地にそろえて、黙りこくっている。 「また、主あるじ
の頼政殿がお立場とても、ここは、死地か生地か、やすからぬ大難の分け目にて候え。年ごろ、信仰する山王の神輿、開けて、入れ奉れば、官旨にそむき、弓矢の職が、廃すた
れ申す。さらばとて、大衆のおん前を防ぐとなれば、太刀や鎧こそは、古びたれ、何条、源氏の名に恥を残し得ましょうや。子飼いの郎党も、主と心を一つにして、好まぬながら、死力の防戦を、お目にかけることになりましょうず。・・・・が、もし幸いに、御名誉を思わるるなれば、東の門には、小松殿が、陣を厚くかさね、大軍にて、固めておられ候う。その御陣こそ、衝いて、堂々と、お通りあらば、さすがは、山門のおん振舞いかなと、人びともいいはやし候いなん。あわれ、御思慮をこそ、こうは、願うにて候う」 ──
すると、大衆の中では、たちまち、ごうごうと、僉議せんぎ
の声が起こった。 「耳をかすな、ただ、押し通れ」 という者。 「いや、条理の立った申し入れ。一応、長老に問え」 という声。 ときに、一山の碩学せきがく
、豪運堅者りつしや が、諸手もろて
をあげて、大勢の中から言った。 「やよ、しずまれ。源頼政殿といえば、かつて、平治の戦いに、味方の義朝殿を離れ、ひとり平家に弓を曲げて、都の片隅に老いさらぼうた似而非えせ
武者であろうが。・・・・世の人はなお忘れず、犬四位よと、指さしあい、門を見れば、唾つば
して通る者もあるとか聞く。── 人も相手にせぬ、そのような犬武者を、地に平伏させて、押し通ったとて、なんの誉れぞ。否、神輿のけがれよ。── 時の聞こえもあらんずれ。東の門へ向かおうよ。神輿を舁か
き返し奉れや」 彼の演舌に、大衆の波は、 「さなり、さなり」 「もっとも、もっとも」 と、一せいに、同じあって、たちまち、ゆるい旋回を起こし、もうもうと、ふたたび黄塵こうじん
をまいて、東の門へ向かって行った。 |