その日、頼政は、赤地錦
の直垂に、品皮威しながわおど
しの鎧よろい 、五枚兜かぶと
、重籐しげどう の弓、箙えびら
に、矢を負い、月毛の駒こま に、白覆輪しろふくりん
の鞍くら をおいて、乗っていたという。 年は、七十四。位階は低く、まだ四位だった。 兜の、眉廂まびさし
の下、頬の肉に艶つや もなく、眉は白く垂れ、うす髯ひげ
、まばらに、あわれ、この人、まだ生きていたかと、昔を知る人は、今夕の感にたえないであろう。 「粗忽そこつ
すな。下座げざ せよ、下座せよ」 頼政は、少ない部下へ、そうつげてそう告げて、自身もすぐ、馬を降りた。 兜を脱ぎ、弓をおいた。 そして、左右の肱ひじ
を地について、うやうやしく、まだ距離のある神輿の方へ、礼拝していた。 さしも、誇りきって来た慢心と殺気のかたまりも、これをながめて、 「そも、守る者は、たれ?」 「神妙な武者輩ばら
かな。── 名を問え。名を問わん」 と、一時、息を入れて、足なみをとめた。 頼政は、その間に、 「── 唱となう
やある。長七ちょうしち 唱となう
やある」 と、部下の中を振り向いて呼んだ。 郎党の渡辺長七唱は、 「はっ。これに」 と、頼政の前へ来て、ひざまづき、頼政から、何か使いの言葉を、受けていた。 「畏まって候う」 と、唱となう
は、大衆の中へ、使いに立った。 人びとは、目をそばだてて、彼ひとりの姿を、見守った。 唱となう
、その日の装束は、褐衣かちん
(青に近い色) の直垂ひたたれ
に、小桜を横に染め出した鎧を着、赤銅しゃくどう
作りの太刀、弓をわきにかいばさみ、兜は背へ投げかけ、神輿の前に、畏まって、 「衆徒のおん中へ、物申す。しばし、おしずまりあって、あわれ、わが主あるじ
、頼政殿の申し条に、おん耳貸し給われ。── かく申すは、頼政殿の郎党、渡辺党の端にて、長七ちょうしち
唱となう と申す者」 と、ほこりも沈むような、よく透る声で言った。 「おう、いい条とや」 「何事の申し入れ」 「聞かん、いうてみよ」 と、先頭の大法師たちは、薙刀なぎなた
を立てならべて唱の姿を、見くだした。 唱は、静かに、使いの口上を、つづけた。 「このたび、山門の御訴訟、道理の条は、もちろん、明白なるに、御裁断の遅々たるうち、ついに今日、神輿のおん揺ゆる
ぎ出でを仰ぐに至る。まこと、我らまで、遺憾にたえませぬ」 大法師たちの、裹頭かとう
あたまは、一様に、うなずいた。 |