裁きを仰ぐ
── のではなく、裁きは山門自体で、決めているのである。彼らが、申し出たのは、 (国司の加賀守師高
と、目代の近藤判官師経もろつね
とを、即刻、獄ごく にくだし、二者とも、流罪に処せられたい) と、いう主張だった。 事は、むずかしくなった。 院中に、数度の評議はあったが、口をひらく者はない。むずかしさは、法皇の御身辺にあった。いや、後白河法皇自体の、お胸にある。 理由は。 法皇が、何物も打ち明けられ、また、羽振りもよく、院中随一の寵臣ちょうしん
といわれる西光さいこう 法師に、この訴訟は、直接な利害がある。 被告の師高、師経の兄弟は、この西光の実子であった。 親の西光を集議の中に見ながら、 (叡山の申し出に、裁許あらせ給うや、否や) を論じるのである。正論の出るはずはない。 わけて、法皇御自身は、この西光に、ある重大秘事まで、もらされていた。──
秘事とは、平家に対するものであった。 いつかは根本的に、平家の現状勢力をくつがえし、政権の一切と、軍の統制とをも、院の手中に収めてしまわなかればならないとする年来のお考えであり、西光は、その密々な謀議の参画者であった。主脳の一人なのである。──
法皇とて、たやすく、彼の意を、無視するわけにはゆかない。 叡山の訴状は、却下された。 以後、いくたびの抗議、奏聞に対しても、 (理由なき、山門の訴願) ちのみ、御裁許の様子はなく、粉糾また粉糾のうちに、日は過ぎて来たものだった。
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