「──
あわれ、伊豆守仲綱といえば、都に残っているただ一家
の源氏、源頼政どのの子息なれば、これは倖せにも、話せる男が送ってくれるわ ── と楽しみに思っていたが、なんのこと、和殿わどの
も型のごとき役人であったかよ。あははは」 仲綱は顔が熱くなった。 理由のない赤面だと自制してみても、これを人中で言われると、仲綱は、いつも同じ肩身のせませに襲われる。 父の頼政は、平治の合戦にさいし、義朝と合わず、六波羅へ加勢した。そのため全源氏が地上から影をひそめた後も、頼政だけは、わずかに、地位を保っていた。──
平家全盛の都で、前時代の遺物みたいに、小ささ
やかな一族を養っているただ一軒の源氏であった。仲綱はその頼政の子なのである。 馬を降りて、手綱を、郎党の手にあずけ、仲綱は門覚のそばへ来て、こう宥なだ
めた。 「御僧のおはなしは、父の頼政からも、よく聞いております。それゆえ世の常の囚人めしゆうど
扱いはせぬようにと、武者や下司げす
たちにも命じてはあるが、余りな我意を振舞われては、役儀のてまえということもある」 「いや、和殿を困らすような真似はせぬ。しかし、いかなる流人でも、都を離るるさい、縁者との名残も許さずとは、官でも申しておるまいが」 「されば、許すという掟おきて
があるわけでもござらぬ。ただ、よそながらなる有縁うえん
の幾人かは、見て見ぬ振りをしておるにとどまります」 「それよ。・・・・その見て見ぬ振りをいてもらいたいのだ。今朝、廷尉ていい
の獄ごく の前から、わしの後を慕って、なお見え隠れについて来る者がある。性来、わしは未練を厭む。どうも、そういう者が後から来ると、後ろ髪引かれていかん。・・・・因果を申し含めて、ここから帰したく思う。暫時ざんじ
、その暇を与えてもらいたいのだ」 「そうですか ── 」 と、仲綱も余儀ない顔して 「では、なるべく早くおすましいただきたい」 と、しばし列を道から片寄せて、休息を言い渡した。 文覚は立って、道の遠くへ手招きした。すると、警固の武者を恐れながらも、小走りに、駈け寄って来る人びとが見えた。四、五人の僧侶そうりょ
と、ひと組の男女と、もう一人は、ただの市人いちびと
にすぎない壮年の男だった。 |