都の辻
ではこれまでにも、遠国へ追放される流人るにん
との泣き別れを、覚えきれないほど見て来たものだが、今日護送された文覚もんがく
ほど、路傍の笑いや明るい騒ざわ
めきの中を、いかにも暢気のんき
そうに、そして傲然ごうぜん と、都門ともん
を去って行った者を見たことがない。 だが、そういう光景も町中だけのことだった。やがて粟田口あわたぐち
あたりではもうぞろぞろついて来る女子どもや弥次馬やじうま
もない。一列の護送使の人馬と、まれな往来の人影を見るぐらいな並木であった。 「仲綱どの。おうい、仲綱どの」 文覚は、裸馬の背から護送使の伊豆守仲綱を振り向いた。まるで連れの友達へでも話しかけるような口吻こうふん
である。仲綱はわざと聞こえない顔をしていた。 すると文覚は、こんどは、自身の馬の口取りへ向かって、 「これっ。馬を止めろ。尿いばり
がしたい」 と、言い出した。 口取りの兵が、ぜひなく、馬を止めたので、列全体の歩行が止まった。 仲綱はすぐ囚人のそばまで、馬を寄せてきた。そして文覚が警固の武士や下司たちに囲まれたまま、森の中で用をたして出て来るのを、監視していた。 ほどなく、文覚は戻って来たが、すぐ裸馬へ乗ろうとはしない。路傍に見えた小高い塚つか
のような土壇の上へのそのそ登ってしまった。そして、手ごろな石に腰をすえ、 「水をくれんか。喉のど
が渇かわ いた」 と、警固の顔へ向かって言う。 仲綱は、舌打ちした。 初めから、厄介な護送だとは、覚悟をしていた。武者にも屈強なのを選び、警固の人数も、一見、仰山すぎるほど多くを引き連れたのは、そのための備えである。 「・・・・しかたがない。水を与えたら、怒らせぬように、騙だま
しすかして、はやく馬の背へ上げてしまえ」 しかし、与えられた水を飲み終わると、文覚はまた言い出した。 「仲綱どの、おり入って、話がある。馬を降りて、しばらくここで休まんか」 「なにをいわるる。御僧は勅勘ちょっかん
の流人るにん 、それがしは、公の護送使。途々みちみち
、さようなわがままは許し難い。── 大津の浜から草津までは船によるゆえ、用談があれば、船中にてうけたまわろう」 「船中ではおそい」 「ここは洛外、まだ、都も離れぬうちに、さような道くさをしてはおられぬ。はや、馬の背に移られい。大津には、船も待っている」 「いやか」 文覚は動くけしきもない。かえって、蔑さげす
むように笑い出した。 |