獄にいる間も、口を開けば、朝家をののしった。法皇と入道相国とは、ともに濁世
の元凶であると言ったりした。日夜、何か憤怨ふんえん
をもらしていなければ気のすまないような彼であった。休みのない活火山にも似ている。 勅は、断を下して、 「伊豆いず
へ、流罪に処せ」 と、命じた。 僧侶そうりょ
でもあるし、市民のあいだには、悪い評判もなく、むしろその言笑に、一種の愛慕と親しみをもたれているらしくもあるし ── と、幾たびか朝議では、赦免あるべしとか、軽罪に付して放つべしとか、議せられていたが、法皇に対しての悪たれがお耳に入って、許すべからず、となったものである。 勅を奉じて、伊豆守仲綱は、伊豆ノ国奈古谷なごや
寺へ向けて、彼を護送の任に就いた。 「文覚さんが、流されるそうな」 「あのおもしろい坊さんがか」 「何をしたのだろう。流されるとは、どこへであろう」 「伊豆へだとさ、伊豆だとさ」 道々みちみち
、彼を見送って、哀れがる者が多かった。 だが、裸馬の上の文覚は、口髭くちひげ
の中から白い歯を出して笑っていた。── そして所々の辻つじ
へかかると、群集の口真似交じりに、妙な保元をしては、追立おったて
の役人に、割竹で尻をなぐられて行った。 「なんと天の配剤はいざい
の妙なる哉かな ではないか。──
配流はいる ではなくて配剤だ。──
伊豆へだとさ、伊豆へだとさ。この文覚を捕えて、わざわざ伊豆へとは。・・・・あははは、わざわざ伊豆へとは」 群集には、なんのことか、わからない。 ただ狂語を吐は
き、狂態を演じて行くものと見えたであろう。わけもなくはやしたり、わけもなく笑った。 そうした人波の肩と肩の間から、一人の男は、つまさき立ちして、文覚の幅の広い背を、いつまでも見送っていた。 「天の配剤とは、そも、何を言われたのか。あの笑いは何の意味か。・・・・ああ伊豆の国よ。なつかしいなあ。伊豆と聞くだに。ままになるなら、後に尾つ
いて行きたいほどだが」 男は三十三、四。ただの雑人姿ぞうにんすがた
である。 ぞろぞろとなお尾つ
いて行く人影に交じって、彼も、われを忘れたように、裸馬の尻にくっついて行った。身なりに似合わない眼差まなざ
しは、根からの凡下ぼんげ とは見えなかった。 しかし、都ひろしといえども、彼の顔を覚えている者はおそらくあるまい。 |