未明のうちに、雪ノ御所から、ふた手に別れた兵馬が駆け出した。 一隊は、生田ノ森へ。 そこでは、森の中から、十数人の子どもらが、兵士の手で、解放された。 別の一隊は、松原の法華道場を取り巻いた。 護摩
壇だん の前から、東大寺僧が、引きずり出され、清盛から命じられた通り、真っ裸にして、一艘いっそう
の小舟に、縛しば りつけておいた。 清盛はその朝、都へ帰る旨を触れ出していた。騎馬や牛車や、たくさんな供を従えた彼の旅装の列は、ややまわり道して、浜辺へ立ち寄った。 「この坊主か」 と、清盛は、小舟の底の東大寺僧を見て言った。 「人柱をすすめたそうだな。ういやつよ。奇特者よ。望みに任せて、なんじを、海龍王のもとへ遣つか
わすであろう。── 船夫ふなこ
ども、。この人柱を、沖へ突き流してやれ」 すると、僧侶そうりょ
は、くわっと清盛をにらみつけて、ののしった。 「わしは、畏おそ
れ多くも、法皇の御帰依ごきえ
も浅からぬ僧だぞ。法皇の御意ぎょい
を伺え、東大寺のゆるしを乞こ
え」 「あはははは。あわてたな坊主」 「天魔っ。いかさま、入道相国は、天魔にちがいないわ。わしを殺せば、とりも直さず、東大寺を敵とすることだぞ」 「百の東大寺に怨うら
まれようとも、清盛には、幾人かの子どもらの方が、はるかに可愛い。── やい、船夫かこ
ども、はやく漕こ いで、沖へ捨ててしまえ、かような芥あくた
は」 それから、後ろの武者の群れを振り向いて、 「並河権六やある」 と、呼び出した。 権六は、もう首を、延べていた。覚悟のていである。 「愚昧ぐまい
なやつ」 と、清盛は、憐あわ
れむが如く苦笑した。 「まことに、愚ぐ
なやつだが、しかしおのれは、可愛くもあるぞ。そんなにもして、工事を成就させたいと思ったのか。そこは、清盛もうれしく思う。・・・・権六、そこらの石を、拾って来い。そこらの小石でいい。五ツ六ツ、おれの前に拾って来い」 「清盛は、別な武者へ、筆と硯すずり
を求めた。 やがて彼は、筆を持って、石ころの一つ一つへ、一切経の文字を書いては、そこらへほうり出した。 「権六。そちは、今日から、この行ぎょう
をやれ、これを行として。・・・・これなん、人柱に勝まさ
る功力くりき があろう。人の子の生命いのち
をちぢめて、よろこび給う仏陀やある。これなら諸天の神仏もうけ給うこと間違いはない。こう一つ一つに経を書き ── この経石を、幾ツずつでも、石船に交まじ
えて海へ投げ込むがいい。わかったか」 「わ、わ、わかりまいてござりまする」 権六は、顔じゅうに、皺しわ
を描いて泣いた。彼の顔までが、経きょう
文字を書かれた石の面のように見えた。 |