「やんぬる哉
。法皇のお狡ずる さよ。──
御聴許は、容易ではない」 法皇の御帰洛後。 清盛も、決意をやむなくした。決して、あきらめる彼ではないが、さっそく実現は、断念した。 「──
かくては、来年もまた来々年も、尊い人力と月日を、ついに空むな
しく費やし尽くそう。清盛も年すでに五十三。・・・・種直、わが所領の地へ布令ふれ
して、兵と財とを、能う限り募って来い。わが一世の業が、成るか成らぬかだぞ。よいか、今はその境だ」 原田種直は、命を受けて、即日、西国の各地へ向かって出発した。──
同様な激励はまた、工事現場にある日向太郎と阿波民部の両奉行にも達しられた。 夜も昼も ── といってよい。 涙ぐましい無数の人間の懸命な労働が、次の年の台風期を目標として、自然力を越すか越せないか
── の闘いに向けられ出した。 岬や、山の手の肌はだ
を切りくずし、大小の岩石を、磯いそ
まで持ち出して、船で沖へ運んで行く。 石梁法せきりょうほう
というのは、巨材を筏いかだ に組み、筏の上に、箱を組んで、それに石を詰め込んで海底に沈める。 船瀬法せんらいほう
というのは、同じ方法を、船でするのである。岩石を積んだまま、沖へ出して、船底に穴をあけ、船ぐるみ、沈下させる。 巨材の梁はり
の上に梁はり を重ね、石船に上に石船を沈めて、堤になるまで積み埋める。 秋からは、夜も、不知火しらぬい
のように船篝ふなかが りをつらね、数千人の土工、人夫、船夫、技官たちが、昼組と夜組にわかれて、不眠不休の工をつづけていた。 「よし。あとは、天意だ」 清盛は、それを見て、満足した。今や、自分のなしうる最大限な力はそこに出たと見た。──
人力を尽くして天命を待つ。その言葉に、ひとり頷いていたのである。 「ああ、・・・・いつか夜空も、秋あき
更た けて来た。まれには、都にも帰らねばなるまい」 銀河を仰いで、彼はふと、長い留守を思い出した。
── 病を機しお に、太政大臣を辞し、また、法体ほったい
になって、一意、理想の実現に余生を投じようとは望んでいるが、なお、都の一門眷族けんぞく
のうち、たれ一人、自分に代るべき者とては見当たらない。 |