〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-V 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (四) ──
石 船 の 巻
2013/06/26 (水) きようしま らい (三)

経盛は病弱。教盛のりもり はただ素直。
義弟の時忠はまた、やり過ぎる。才気はたれより煥発かんぱつ だが、余りに覇気はき が強すぎる。
忠度ただのり はよいが、なお若い。
そしてたの むべき嫡男ちゃくなん の重盛にしてさえ、父清盛の眼から見ると、一族すべての者から、尊敬はされているが、真に、慕われてはいない。
どこか、冷たいのである。沈剛のうちに、意地悪さが、隠れている。あの静かな理性の眼は、清盛も好きでない。── その賢さが、かえって、重盛自身の人間を、小の人物にしているのを、清盛は親の欲目から、常に惜しく思っている。
保元の直前に、熊野路から引返して来た時のわが子重盛。── また平治の雪の日に、悪源太義平と、追っつ追われつの一騎戦に けを取らなかった豪快明朗なわが子重盛 ── どうしたのか、近年、しの重盛に、重盛らしい明るさがない。
「・・・・はてな。何か、身のうちに、病でも生じているのではないか」
今もふと、親は、その憂いを抱いて、
「帰ったら、いちど、良い医者に、 せねばならん。とかく重盛も近ごろは、燈籠とうろう大臣おとど とやら ばれて、小松谷に寺仏堂を建て、それに引きこも っておると聞くが・・・・それがよくない」
一門の子弟が、みな公卿になら い出して、華奢きゃしゃ になり、風流に染み、仏道を遊戯ゆげ の天国とでもしているように、まゆ を描き、鉄奬かね をつけながら、拈華ねんげ 諷経ふぎん している姿を、清盛はときどき 「・・・・困ったものだ」 と、ながめている。
清盛自身、風流は、きらいではない。
華奢きゃしゃ は、大いに、好むところだ。世の中は、明るいがいい。
仏教にしても、自分が法体ほったい になり、頭もまろめたほどである。決して、不信仰がいいとは、思っていない。
けれど、華奢風流といい、仏教といい、彼は、公卿のまねごとなどはしたくないのだ。みずからの文化をつく り出して、 「六波羅様ろくはらよう といえ」 と奨励したつもりである。また、宗教の意義や尊ぶべきことは、彼とて充分にわかっていた。ただ、これはもう若年からの性格として、へんな迷信を憎むのだ。海の平氏らしい明るさと、宇宙の不可思議のみを、かしこ むだけのことである。
「いちど、時子から言わせておかなければならぬ。── 父の言葉というと、恐れるのみで、いっこう、蔭ではききめがない」
銀河の下に立ち飽いて、彼は、雪ノ御所の楼台を降りた。そして長い廊を戻って来ると、廊のかど に、たたず んでいた少年が、あわてて庭へ逃げかけた。
「捕えろ。── あのわっぱ を」
近侍たちは、追いつめて、苦もなく、その首の根を抑えて来た。
見ると、侍童じどう (小姓こしょう ) の松王という少年である。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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