「仰せですが」
と、種直は言った。 「── 都へ出て、気づきましたが、御一門のかくあるを猜
む公卿たちの、密かな謀みも、ゆめ、御油断はなりますまい。栄花、専横などとは、人の誹そし
りです。西八条の御内のどこに、かつての藤原氏がやったような遊惰ゆうだ
や逸楽いつらく や、わが世の春を謳うた
うような驕おご りがございましょう。・・・・いわれなき世上の非難です。それを、たれが言わせているかと思うと」 「まあ、待て、清盛に分かっていないことではない。──
が、そこを衝つ いたら、何が、表面に出て来るかだ・・・・清盛は恐こわ
いのだ」 「というて、もし先の準備がととのって、御一門の危急とでもなっては」 「そこまでは、おれとて、黙っては見ておらぬ。・・・・太政大臣の職にせよ同じことだ。政治は、人間の職として、その尊さ、意義の深さ、やりがいもあること、最高の職といってよい。が、いまその職にあって、真心から、世の建て直しをしようとすれば、たちどころに、天下は大乱におちいる。思うてもみろ、諸国の宿弊しゅくへい
を。国司、郡司、社寺などの紊みだ
れを。そしてそれはみな摂関家の領国やら、叡山、南都の法師たちとも、おのおの結びついておる。いやいや、何よりは、法皇のみそなわし給う頑強がんきょう
な院政がこれを阻はば めるであろう。・・・・ここにもまた、太政大臣すらが、手もつけられぬ禍根がある」 「──
というお言葉の意味は、つまるところ、すべての禍因が、院政にあるというお考えでいらせられますか」 「うム・・・・」 と、清盛は口を閉じた。眼もふさいだ。が、やがて静かな声で心の奥のものを吐くように言った。 「──
種直。うかと、ひとには言うなよ。・・・・わぬしは、九州第一の平家の方人かたうど
、かつは重盛の女むすめ も嫁とつ
いでおる一族中の腹心と想えばこそ、じつを明かすが、じつもって、清盛は多年それを案じておる。── 院政こそは、国の紊みだ
れをなす因もと ぞと」 「種直も、相国と同じ憂いをもちまする。いや心ある者は、みな感じているでしょう。保元の乱、平治の戦いも院生が生んだ呪のろ
い火び だということを」 「清盛にとれば、その呪いの火が、平家をして、かく繁昌せしめたのだ。いいかえれば、わが家のこうなったのは、院政のおかげであった。──
その清盛が、院政の宿幣をいうのは、おかしいが、法王とて、平家のこうなるのを、予測もされず、好まれもしなかったことだけに、今では、御後悔もただならぬものがある。──
いつかはと、平家の滅亡を心がけておいでになる」 「にもかかわらず、なんぞといえば、おんみずから御車を向けられたり・・・・?」 「そこが、おもしろさよ。あの御方おんかた
の、なみなみならぬところでもある」 「危ういことです。地方武者の種直ごときには、よく分かりませぬが」 「わぬしらは、知る必要のなかろう。清盛だけに承知しておればよいことだ」 主従は、ここで沈黙した。 そして数献を酌く
み交わして、また、 「なにしても、わぬしの助力を恃たの
むぞ。大宰府を始め、わぬしたち、筑紫の平家一味が、こぞって、力を協あわ
せてくれぬことには、清盛が海への大願望も成し遂げ難い」 「その儀ならば、大言のようですが、筑紫平氏のわららを、お心恃こころだの
みに遊ばしてください。いかなる難役なりと、怯ひる
むものではございません」 「わぬしがおるので、心丈夫よ。・・・・そうだ、帰国の途中、福原に泊って、朱鼻あけはな
とも会い、よく彼とも談合をとげて行くがよい。── あの鼻も、なかなかな男ぞよ。どうだ、おもしろいやつであろうが」 「いや、おもしろ過ぎる男ですよ。商策、土木、戦いくさ
以外なかけ引きにかけては、腹の大きなこと、才機の働きなど、われら武人には及びませぬ」 話が、朱鼻のうわさになると、主従の間に、幾たびも、笑い声が起こった。伴卜ばんぼく
は、福原あたりで、くさめをしていたに違いない。 |