〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-V 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (四) ──
石 船 の 巻
2013/06/18 (火) 四 人 尼 (四)

平安朝の遠い世ごろから、女たちは、女の自由を、貞操の限界だけでは、かなり放縦にされて来たが、結局、彼女たちは、貞操だけの自由に今は疲れ果てていた。── もっと広い自由に何か欠けていたからである。人間としての自由はない。彼女たちは、白拍子でなくても、つねに男のもてあそびものであった。
惜しげもなく、黒髪を捨てた女性たちの、なんと、この時代には、多かったことか。それはみな、彼女たちの、弱い苦悶くもん の魂の、もがきでないものはない。
── 栄華や富貴は夢の夢よ。
── 世は浮世、まことの世は彼岸ひがん にこそ。
── 後世の願いこそ大事なれ。
── 人の身は受け難く、仏縁には会い難し。
といったような考え方が、男といわず女といわず、いつも生活のかたわらでささやいていた世代である。ややもすれば、人間の困憊こんぱい は、
「仏陀のおにざもとへ・・・・」 を、願いとした。
それは、生命いのち を捨てない自殺、死までは行かないある形の死 ── ともいえる生死の中間をとった特殊な生存の仕方であった。
妓王の剃髪ていはつ も、その母の出家も、そうした世風の外の出来事ではない。妓女の純情は、まだ男性にさえ、未開花の乙女だけに、なおさら可憐いじら しいものだった。ただ時代の信じるものを信じて、墨染を着たまでのことであろう。
ところが、またその後にも、もう一人に美しい尼が、この庵へ来て、妓王母子と、ひとつに暮した。
仏御前である。
やがて、仏御前も、西八条の栄花の門をのがれ出していた。そして、ある夜、奥嵯峨のしば の戸をほとほとたた いた。妓王が出てみると、もう墨染の法衣姿ころもすがた となっていた仏御前であった。
「まあ、どうして?」
と、手を取り合って、内へ入れ、夜もすがら、炉辺ろへん に思いを語り合った。以来、四人一しよ に、一つはちす の誓いを契り、朝夕念仏を唱えて、往生の素懐そかい ── 仏教的な生活を、長く、つつがなく、ここに送ったというのである。
いずれも、あわれというほかはない。
もしかね の音のもれる垣間見かいまみ に、さしも聞こえのあった都の名妓たちの、寒々さむざむ と、黒髪を剃りこぼちている姿を見かけたなら、たれでも、不愍ふびん を禁じ得なかったであろう。
── されば、後白河法皇の長講堂の過去帳にまで、妓王、妓女、その母、仏御前などの四人の名が書き入れられたほどだが、果たして、後白河のお心であったかどうか分からない。
もしまた、清盛が、妓王と仏御前の出家を聞いたら、なんと言ったであろう。おそらくは、大いに笑ったに違いない。そして、あたりの侍者へ、例の調子でこうも言ったことであろうか。
「わからぬよ。どうもおれには、性来、おれは女の心を解さぬ男にできているのだろうか。・・・・それにしても、どうして若い女どもが、やたらに髪を切りたがるのであろう。こんな流行はや りは、止めさせねばいかん。男の入道にゅうどう とは、わけがちがう。姿ならままよ。可惜あたら なものだ。── 清盛の室の花であろうとなかろうと止めさせねばいかん。浮世のながめがさび しくなる・・・・」

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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