おりふし清盛は、つれづれにいやときとみえる。侍者の取次ぎに、ふと好奇に誘われた眼いろを見せた。けれど、相国の権威をかえりみて、大いに怒った。 「遊女
づれが、招きもせぬのに、押しかけがましく、なんの推参ぞ。追い返せ、そんな者は」 すると、そばにいた妓王がなだめた。 「いいえ、遊び者の推参は、常の慣いです。御門を軽んじてのことではありません。いま伺えば、年ばえもまだ幼い者のようですから、素気すげ
のうお返し遊ばされては、どんなに恥かしく、打ち悄しお
れることでございましょう。妓王の身にも覚えがあります。不愍ふびん
と思し召して、せめて、お床ゆか
さきまでと、通しあげてくださいませ」 「うむ、和御前わごぜ
が、それほどに言うならば。・・・・ひとつ、見てやるか」 仏ほとけ
は、いちど追われて、すごすごと、門前から返しかけていたが、呼び戻された。そして、まばゆい深殿しんでん
に引かれ、清盛らしい人や、近習たちの並みいる一間を、遠くのように見て、畏かしこ
まった。 近習の一名が、彼女へ言った。 「仏とやら、そなたは、倖せ者ぞよ。かく、太政殿だじょうどの
の御見ぎょけん に入るなど、あり得ないことだが、ここに在わ
せられる妓王どのが、不愍ふびん
よ、召させ給えと、しきりに、相国しょうこく
へおすがり遊ばしたので、さらばと、破格なお許しが出たのであった。── なんぞ、今様いまよう
なりと歌うて、御興ごきょう におこたえ申すがよい」 「はい。・・・・」
と、仏は一礼した。 そして顔を上げると、妓王の方へ、眸ひとみ
をこめて、彼女の情けを、心から感謝した。 妓王もじっと見まもっていた。── 十六、その年ごろの自分が思い出されていあたに違いない。 |