元来、良全は好人物なので、朽縄の眼から見れば、どうにでもなる人間に思われた。ニガ手よいうのか、良全はまた、蛇
に見込まれた蛙かえる のように自分の意志を欠いてしまう。 その朽縄のすすめで、妓王の妹も、妓女ぎじょ
と名のって、以前、姉のいた刀自の家から白拍子に出た。お追従も惜しまないが、ひとつ間違うと、厄介な男である。打って変わった悪相をあらわして、 「たれのお蔭で、今日こんな富貴の身になったと思うか」
と、わめき出すのだ。酒でも飲んでいようものなら、輪に輪をかけて、「牛飼町の片隅で、稗粥ひえがゆ
もすすれずに、親子して飢え死にするばかりのところを、たれに助けてもらったと思う。しかもまた、おれの手引きで、娘は白拍子になり、玉の輿こし
に乗る身になったのに、その恩人をもう忘れやがって」 と、途方もない大声で脅おど
しつける。 良全夫妻が機嫌をとって、やっと大喚おおわめ
きが収まると、 「いや、この家とおれとは、今では、切手も切れない親類仲だからな。・・・・。家のためを思うから、憎まれ口もたたいたりするんだよ。なあ良全」 と、親類顔の押売りと変わってくる。 良全はこのごろ、家にもいない日が多くなった。もちろん、朽縄の誘惑だった。旗亭の酒を飲み歩いたり、博奕場ばくちば
に日を送ったり、そして家に帰れば、夫婦喧嘩ふうふげんか
という家庭に変わって来た。良全が、六条あたりに女を囲い始めたことも、うすうす彼の妻は知っていた。 「自分の働きで、こうなったわけではなし、昔を忘れて、もう親どもが、放埓ほうらつ
を始めては、世間のいい笑い草でしょう。いいえ、あの親思いな妓王にだって、すまないではありませんか」 と、彼の妻が、涙まじりに争うような騒ぎも、近ごろでは、雇い人までが、
「それ、また奥で始まったぞ」 と、蔭でクスクス笑っているほどに、いつかこの家の珍しくない日常になっていた。 |