何しろ、花うるしに金銀の金具を打った美々しい女車が、武者や雑色や童
などに守られて、めったに上臈車じょうろうぐるま
などが、入って来ない辻つじ を曲がって、良全の家の前に着いたのである。
「あれ、あれ。妓王どのの宿やど
帰りに違いない」 「そも、どれほど御容貌ごきりょう
よしぞ」 「どんな粧よそお
いを凝こ らしてやら?」 と、そこらは黒山のような人だかりになってしまった。十禅寺町始まって以来の気色である。
奥へ入った妓王は、親たちと会って、どんな思いを語っていることか、外の人だかりは、うかがえもしない。 けれど、町の人びとは、根気よく、遠巻きを作って、空の牛車をながめていた。
妓王は、わずか一刻とき ほどしか、いなかった。やがて、親の良全や母に、門まで送られて出て来た。そして彼女が車に乗ろうとすると、不遠慮な老幼男女は、近々と、なだれ寄って、妓王の姿や顔を、好奇な眼で見まもった。 妓王は五衣いつつぎぬ
の袖そで で、面をおおいながら、罪人つみびと
のように、御簾みす の蔭へ身をかくしたが
── 白い横顔を、ふと見た者たちは、彼女が余りにも淋さび
しげな ── 泣きもしたいような眉まゆ
をおののかせているのを見て、 「こんな出世に会いながら、なんと浮かない容顔かんばせ
であろう?」 と、怪しみもしたり、また、車が去った後では、したり顔に、言う者もあった。 「いやいや。むかしいた牛飼町の貧乏小屋と見くらべて、夢のようなと、親子ともども、うれし泣きをしたものであろうよ。・・・・妓王どのの瞼まぶた
が紅あか く腫は
れていたのは、たしかに泣いた証拠に違いない」 富貴の門にも、大小がある。そして富貴が作用する結果は、上流でも下層でも変わりがない。 良全の家には、自然、雑多な人びとが出入りし始めた。そして良全夫婦を、何様なにさま
かのように、おだてあげた。高価な家具や衣裳いしょう
で、どの部屋も埋まって来た。 「あの家には、六波羅殿から、月々、百石百貫の仕送りがある」 これがこの家に寄りたがる人びとの目標だった。 そのうちの一人に、女衒げせん
の朽縄くちなわ もいた。 「どうだい、良全どの、今となっちゃあ、この朽縄は、福の神みたいなものだろうが」 朽縄が来ると、良全と二人でよく酒になった。 良全も、今では体もなおって、人違いされるほど、肥ってきた。いや美衣美食にもそろそろ飽き加減な環境になっている。朽縄くちなわ
を相手に、お追従ついしょう など言われているのが、悪くないような容子である。 「何しろおれも、うれしくて堪らねえのさ。いまに、妓王御前が、清盛卿のお胤たね
でも宿してみろ、この家だって、六波羅の御一門だ。ただ町中に放ってもおけまいぜ。たとえ無官ノ太夫でも、車司くつまつかさ
でも、なんとか官職におつけくださるに違いない」 |