〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-V 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (四) ──
石 船 の 巻
2013/06/06 (木) はなじゅ らく (六)

また。── 上皇の女御となった妻の妹にてもそうだ。
上皇からの御心であった。
清盛に結ぶことの必要を、上皇の方から意欲されたのである。滋子は決して、美人ではない。年ばえも、妙齢というには少し過ぎている。── が、後白河は、ちょう をかけられた。そして、玉のような御子が生まれた。その憲仁のりひと 新王は、もうお八ツである。すでに、皇太子の御位にあった。
上皇のお望みは、もう、明らかである。
嫡孫の六条天皇を廃し、御直子の皇太子を、はやく皇位につかせたい御計画であるのはいうまでもない。──新井あらい 白石はくせき の語を借りて言えば ── 上皇がわたくし を遂げ給うお含みから、自然、清盛にも果報を け与えなければならない仕儀になってゆく。これも、清盛が野望して、むさぼり取った果実ではない。
いわば、運である。
楊氏ようしむすめ貴妃きひ が、玄宗皇帝げんそうこうてい に選ばれて、華清宮の芙蓉ふようとばりちょう せられたそれとは違うが、形において、楊氏の一門とよく似た幸運が、平家一門に、それまでの貴族の門とは軒を変えて、咲いたのだ。── 地下人ちげびと 階級の野性のしべ と、堂上の秘園を出なかった花粉とが、風の吹きまわしで、交配こうはい をとげたものである。
野性と優良種と。
二つに交配は、自然の性欲と配剤に、理想な結果を生むものらしい。優良のまま褪化たいか しかけている生物も植物も強靭きょうじん な野性の生命力と結びつくと、その配合のもとには、すばらしくみずみずしい生命を開花し出すという。
平家一門の人びと、ことに、貴顕と野性との間に生まれた子たち、孫たちが、みなその美しさをもったのは、偶然ではない。
   “── 我がガ身ノ栄華ヲ極ムルニミナラズ、一族トモニ繁昌シテ”
と、古典が記するところの人びとを見るならば、六波羅、西八条の仁安二年から数年は、平安朝の幾世紀を通じても見られなかった文化の聚楽じゅらくにお うばかり、咲ききそ った。
多少、官職名は、年によって、一つでないが、その人びとの門戸をざっと見てゆくならば ──
嫡子、小松左大将重盛、次男の右衛門督基盛、三男の中納言宗盛、四男の少将知盛。── また、清盛の弟たちには、経盛、教盛、頼盛、忠度などの、どれもまだ、四十台、三十台のたのもしい者たちが、衛星のように、平相国清盛をめぐっている。
すべて、一門の公卿十六人、殿上人となる者三十余人、諸国に散在する国持ちの家人けにん から、衛府、諸司など合わせると、六十余名の名だたる一族が、あらゆる部門に、職を べ、駒を立てて、おのおの、家の子郎党を養っていた。
時子の弟、平大納言時忠が、
「── 平家でない者は人に非ず」
と言ったとか、悪評を立てられたのも、この頃のことでもあろうか。真偽は、わからないが、かつての優位を奪われた公卿たちにはいわれがちな陰口である。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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