焼け跡の男女は、何かに、憑
かれたように、学僧へ、肉迫して来た。 それこそ、物に飢えた魂の顔つき見るようであった。 「ああ、離してください」 と、学僧は手の笠を振って、詫わ
びるように、大勢の輪から逃げ退の
いた。 「── 言い過ぎました。わたくしにも、今は分かりません。けれど、かならず、そいうお人が、どこかにいるはずにはちがいないのです。今のきっと、現れましょう。もう皆の前に、そういう功力くりき
のある仏弟子のたれかが今日現れないならば、仏教も嘘うそ
です。宇宙の約束も嘘です。人間の本性と言われて来たものも ── 釈尊の言葉すべてが、嘘っぱちです。そのときこそ、絶望したらいいでしょう。まだ、叡山にも、他の山々にも、まったく、法のり
の燈ひ が消え絶えたわけではありません。生き抜いてください。世を疑うたご
うたり、絶望しないで・・・・」 学僧は、こう叫び叫び、身をひるがえすと、それこそ、世間の辱はじ
を身一つに浴びている人のように、笠を眉深まぶか
にして、立ち去ってしまった。 なお、呼びかけてゆく者やら、冷笑して、散らばる影やら、灰埃はいぼこ
りが、ひろがってゆく。政治から生活のすべてまで、仏陀ぶつだ
への信仰が、社会の紐帯ちゅうたい
であり中軸であった世の庶民たちなので、こういう路傍の小事件にも狂じやすく、異様な情熱を持つのであった。 「はてな? ・・・・。今のは、どこかで見たような学僧と思うが」 後白河の側臣、藤ノ西光法師は、検非違使けびいし
の康頼やすより を案内に、焼け跡のあちこちを見て来た足をたたずませて
── 「康頼。和殿わどの
は、知らぬか」 と、うしろをふり返った。 康頼は、職掌がら、すぐ答えた。 「仁和寺にんなじ
の岡ノ法橋ほつきよう の許もと
でお会いになったのではありませんか。昨年ごろ、しげしげと、慶雅けいが
法橋ほつきよう を訪うて、華厳けごん
を学んでいた叡山の学生がくしょう
がありましたが」 「おお、それだな、双ならび
ヶ岡の大納言ノ法橋のおん許で見かけたのだろう。── 天台に学徒や碩学せきがく
も少なくないが、彼の右に出る者はあるまいなどと仰せられていた・・・・」 「法橋が、そんなに、おほめでしたか」 「それで、覚えていたとみえる。叡山の黒谷に遁世とんせい
しておるたれとやら申されておったよ」 「法然房ほうねんぼう
源空げんくう でございましょう」 「そうだ、法然房・・・・。今のはその法然房に違いなかった。叡山でも、黒谷に閉じ籠こも
って、一切、人交わりをせぬとかいう男が、なんでこんな焼け跡などを、徘徊はいかい
していたものだろう」 「いや、べつに不審はございますまい。何せい、炎上沙汰ざた
の大きなところへ、また立札がうわさになって、子の通りな人出ですから、ただ物珍ものめずら
に、見物に来ただけでしょう」 「むむ。そんなものかも知れんな」 西光は、微行しのび
姿すがた であった。たれも院の近習とは、知るよしもない。 なお、隈くま
なく視察して、やがてふもとに待たせてある従者と駒こま
を手招きした。そして、康頼とはそこで別れ、仙洞せんとう
御所ごしょ へ帰って行った。
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