〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-V 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (四) ──
石 船 の 巻

2013/06/02 (日) きよ みず でら えん じょう (二)

清盛は、その中へ、帰って来た。
一族の面々は、隙間もない楯と甲冑かっちゅう の守りの内へ彼を迎えて、さだめし 「抜かりのない備え立て。とくぞ、早くした」 と言われるかと思いの外、清盛は、はなはだおもしろくない顔つきであった。あたりをながめまわして、
「これはそも、たれの指図か」
と、左右へたずねた。
次男の基盛、三男の宗盛。また、次の知盛とももり重衡しげひら を始め、家臣では平六家長、飛騨守景負え家、そのほか、たくさんな顔が、広床ひろゆか に、詰めていた。
「・・・・なぜ答えん。たれの令で、軍勢を狩り催したか、宗盛」
「はい」
「基盛も、なぜ黙っておるのだ」
「たれということでもございません ──」
と、基盛はっや不平顔をして、父へ言った。
「父君は、内裏にお せられ、いちいちお指図を仰ぐいとまもございませんし、我ら兄弟どもに、叔父上たちを加えて、まず、敵のせん を越して、早速さそく に備えおくにしかずと、皆して、決めたことでございます」
「そうか」
と、それにはうなずいて、
「── 教盛はここに見えぬの」
「いえ、おられまする。東大路に、一陣を布いて、そこの守りにつかれておいでになります。召されますか」
「うむ、呼んで来い」
すぐ、広床の二、三人が立って行った。
その間に、清盛はまた、息子たちを、ただ していた。
「このことは、小松谷に兄にも、相談はしているのだろうな」
「いたしました」
「小松谷の重盛は、なんと言ったか」
「父上のお指図を待てと仰せられました。しかし、事態の変によっては、軍兵の召集も止むを得まいがとの御意見でもありましたので」
「そうだろう。あれが、こんなあわて方をするはずもない・・・・」
まもなく、武者の使いをうけて、教盛もここに姿を見せていた。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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