たれがいい出したのか。 たれが、そんな根拠を、また事実を、握って言うのか。 風説の出所も、それらのことも、明確ではない。 けれど、後白河が、近ごろの平家一色となった武門に対して、改革の必要があるという思し召しがあるということは、明確であった。一類平家のやからが、雑武者にいたるまで、威張り出しているという市井的
な非難だの、清盛自身の諸方にわたる土木企画の並ならぬ大規模であることや、一門眷族けんぞく
が、それぞれ官途において克か
ち取っている要職上の勢威やらを考え合わされて、 (── これは、今のうちに、穂を止めておかないことには) と、ひそかに、平家討伐の策を ── 滅亡とまではなくても、清盛の失脚ぐらいなことは
── お考えになっていないとは限らない。 また。 このところ、急に、上皇の御近習には、上皇の御性格に適する人物ばかりが自然に寄って、院の空気も、御座所あたりも、前とは、どこか様子が違って来ている。──
覇気はき に満ちたそういう人びとを左右に置かれて、奇謀に富む政治好きな後白河自身も
── ときに、御胸中のものを、ふとおもらしになるなどもない限りではあるまい。 とにかく、たれかがこのごろ、言い出していたのである。 「上皇のお胸には、平家をこのままに放置しておかぬという思し召しがある
──」 ということを。 はしなくも、このいぶり火に、風が来て、ぱっと、取沙汰の炎になったものらしい。 「内々の密諚みつじょう
によって、山門の大衆が、六波羅攻めを準備している。西坂本には千余人、龍華りゅうげ
には七、八百、そのほか各所に二千人近い山法師が、寄り寄りに武装をととのえ、今にも押し寄せて来そうな態勢にある」 と、いかにも真実そうな注進ちゅうしん
や情報が頻々ひんぴん と入って来るばかりでなく、洛中一般の間にも
「すわ、始まった」 と言わぬばかりに、声から声へ、それが、信じて伝えられた。 風評を裏づけて、人びとの喧伝けんでん
をなお大きくしたものは、平家自身であったことも否まれない。 彼らは、洛中の諸所から、物の具に身をかため、郎党を連れて、続々、六波羅へ駆けつけて来た。 六波羅付近に住む一門と、その兵はいうまでもない。たちまち、かつての平治合戦の日を再現するような軍勢の配置が行われた。 もちろん、清盛の身が、禁中にあったので、衛府や滝口の兵のほかに、その方へも加勢の軍勢を。 ──
と、いう風に、六波羅自身も、合戦の前夜図を描いて、弓弦ゆづる
を張り、楯たて をならべ、五条橋以東は、さながら戦時そのもののような、昨日今日なのであった。
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