忠度は、生まれながらの怪力を身に持っていた。 熊野育ちの臂力
と、天性の沈着な風に加え、武技の鍛えも、怠らずにいたらしい。 彼の姿は、まるで、黍畑きびばたけ
を踏んづけて歩くように見えた。法師の襟えり
がみをつかまえたと思うと、ほかの法師へ向かって、投げつけた。 相手の手へ、彼の手がかかると、一振りに、風を起こして、人間が飛んだ。 自分の太刀は用いなかったが、相手の長柄を奪って、みね打ちは食わせるし、足業あしわざ
の迅はや さも、目にとまらない。 「なにやつだ。あれは?」 「山門の堂衆でもないが」 「もとより、山門ではない。衛府えふ
か、検非違使の手なら、今、平家のほかに、武者はいないはず ──」 たれも、忠度の顔は、知る者がない。 しかし、その腕力と、勇気には、さすがの南都の大衆も、みな、たじたじとなって、彼一個の為に、退き脚になった。 「しずまれ。しずまり候え。はや、span>轜車きぐるま
の着かせ給う時刻にてもあるぞ」 教盛は、さっきから、南都と叡山の、両大衆を割って、その真ん中で、叫んでいた。 「オオ、はるかな、あの火よ。御葬列の火じゃ。轜車に供奉ぐぶ
して野路のじ をくる松明たいまつ
の列が、えんえんとやみのかぎり、つづいて見ゆるぞ」 たれかが、高い所で、どなった。 さしも、猛り合っていた北嶺南都の法師たちも、 「すわ、お着きか」 と、一瞬に、鳴りをしずめ、急に、取り乱した姿を整ととの
えるやら、怪我人を仮屋へ担ぎ込んで隠すyら、喧嘩はやんだ。 けれど決して、心中の余憤までが、冷静に返ったわけではない。 興福寺西金堂にしこんどう
の六方者ろっぽうもの ── 勢至房と観音房とは、そのあいだに、やみを切って、御墓所ごむしょ
の荒垣のそばへ、駆けて行った。 この二人ばかりではないが、この二人の大悪僧は、うすい墨染の法衣の下には、萌黄もえぎ
おどしの鎧を着、手には、白柄の薙刀なぎなた
、腰には、大太刀を横たえていた。 勢至房は、太刀を抜き払い、観音房は薙刀を、柄みじかに、握って、 「おのれ、延暦寺っ」 と、そこの第二位にあった額を、左右から跳び上がって、斬き
り落した。 「あははは、山門が真二つよ」 と、勢至房が、大口をあいて笑うと、観音房も、さも心地よげに、 「・・・・鳴るは、滝の水。・・・・鳴るは滝の水」 と、謡うた
いながら、大薙刀を振って、舞いはじめた。 勢至房も、足拍子、歌拍子を合わせて、 「── 滝は多かれど・・・・うれしやとぞ思う、鳴るは滝の水」 「──
日は照るとも、絶えず滔とう たり・・・・絶えず滔とう
たり、鳴るは滝の水」 舞い連れ、謡い連れて、二人が溜飲りゅういん
を下げているのを見ると、ほかの興福寺方の同勢も、わあっと、声を一つにあげて、はやしたてた。 当然、叡山方も、気がついて、 「やったな!」 と、怒気をみなぎらせたが、その時、ふもとの方では、もう大葬の前駆が着いて、松明たいまつ
の火光が、天を焦がすばかり赤く望まれた。 |