やがて別殿で、上皇の賜餐
があり、賜餐の席には、時忠も加わった。また、時忠の弟で、近ごろ、院の近習に召された親宗ちかむね
も陪席ばいせき した。 上皇は、幼い徳子を、そばへお寄せになって、その童髪わらべがみ
をなでながら、 「女の子は、男親に似、男の子は女親に似るのが多いというが、この姫も、どちらかといえば、清盛似よの」 と、仰っしゃった。 そしてしきりに、 「美よ
い子こ よ。美うま
し乙女おとめ よ」 と、ひめて、ひざへお乗せにならないばかりに、可愛がられた。 母の身の時子にすると、それは無上の光栄にも思われたし、情として、妹に会ったより、皇子を見たよりも、内心では、今日中のうれしさであった。 「時子。わごせと、清盛との仲には、いったい、なん人お子があるのか」 「ホ、ホ、ホ。余りに、多すぎて、お答えのしようもないほどでございます」 「男の子が多いのか。女か」 「女が多うございます」 「徳子は、なん番目の姫か」 「たしか、三女でございました」 「たしかと、覚えもまぎれるほどかよ。ははは。・・・・では、徳子ひとりぐらいは、滋子の側で養うもよいの。のう、姫。朕のそばに、このままいませ。・・・・どうじゃ、いやか」 「・・・・・」 徳子は、泣き出しそうになり、上皇の御手を、もがき抜けて、母のそばへ逃げて来た。 「この通り、まだ、ほんとに嬰児やや
でございますから」 「むりもない。これからはおりおり、滋子のもとへ、遊びによこせ。そしてよう、馴な
れたころに、とどめ置くがよい」 上皇は、じつにお優しい ── と、時子は心からありがたく思った。 その上皇がまた、彼女の家事の気苦労について、思いやり深く、いろいろ訊たず
ねられたり、また良人の清盛の短所長所をおあげになって、将来のこと、何くれとなく、励まされたりしたので、時子はなおさら、上皇の御親切に、心酔しんすい
してしまった。こんなよい御主君はないと思った。 どこの妻もそうであるように、時子もつい、良人おっと
讒訴ざんそ を口すべらした。日ごろ、良人に抱いている不満を、上皇のお口にひかれて訴えた。上皇はなんでもご承知のようなおうなずきをして見せる。しかも決して、清盛を誹そし
らず、また彼女にも満足するような返辞を見つけては、巧みに、その間を、おつなぎになる。 「いや、すぐれた男を、良人に持てば、これまた、一生、女の不運となるしの」 「いえ、いえ、いっそ、凡ぼん
な良人でも、貧しくても、おりおりには、妻子の中にもいてくれて、夫婦ぞという思いもするような暮しの方が、どんなに、望ましいかわかりませぬ」 「じっとしていられぬ性さが
なのじゃ、あの男は。あり余る智と体力と、つねに何かを夢見る癖があって」 「仰せの通りなお人です」 「ちと、信仰をすすめたがよい。清盛のきずは、人の信仰を薄ら笑いで見るようなあの癖・・・・あの怖おそ
れを知らぬ顔つきにある」 上皇はよくわが良人を見ていらっしゃる。彼女は、良人の短所を言われるほど、上皇への心服を昂たか
めた。やがて、お暇いとま を告げて退がりかけると、上皇は、彼女の嗜好しこう
までよく御存じのように、珍しい種々くさぐさ
な織物を彼女へ賜い、 「また、おりおりに遊びに見えよ」」 と、かさねて仰せられた。 |