すっかり、吉次も朱鼻も、酩酊
してしまうほど、時刻が経った。 「次の御上洛は、来年かの」 「いや、わからぬ。・・・・が、両三年のうちには、ぜひまた、上のぼ
らねば相なりますまい」 「こんど、お上りのせつは、白拍子町などに、お宿を取らんで、ぜひ、こっちの別荘へ泊ってもらいたい」 「お別荘は、どこの地ですか」 「いや、これから、建てるのですよ。あなたの、お望みの場所へも一ヶ所、お建てしようか。どうです、吉次どの」 「願おうかなあ。ひとつ風光絶佳な地へ」 「よろしい。その代わり、みちのくの砂金を、もう少し、気前良くお運びなさい。どうも、今度のようなケチ臭い取引では、何か、物足りませんな。・・・・申しては、口幅くちはば
ったいが、将来は、海をこえて、宋そう
大陸との交易こうえき をも考えているさい、この都でヤスリ粉にして費つか
う蒔絵まきえ の料しろ
にも足らぬほどな砂金では、どうにもならん」 「はははは、だいぶ、お鼻も酔うたか、大言だの」 「いや、法螺ほら
ではない」 「法螺とはいわぬが、大言にちがいあるまい。この吉次が都へ荷駄にだ
で持って来るほどな黄金こがね
は、日本の地のどこからも掘れはしまい。・・・・まあ、まあ、五位の加茂太夫は何かに御出世で、よい機嫌なところかも知れんが、平家ばかりが武門ではないし、都ばかりが都ではない。──
いちど、われらの、平泉へも、いつか見物にお出でなさい」 「わははは、お国自慢か。・・・・都ばかりが都ではないという豪語はおもしろい。ぜひみちのくの見物にも、一度は行こう」 「その時には、身が御案内する」 「吉次どの。あなたは、ほんとの商人じゃあるまい」 「どうして」 「それくらいなこと、分からいでかい。あなたは、侍だ、秀衡ひでひら
殿の家中で、なにがしと、べつに名のある者と、わしは観み
ている。何も、お隠しなさらんでもいい。── 五条の伴卜とて、なかなか腹は太い人間ですぞ。なお、この先とも長く付き合ってごらんなされ」 「・・・・ううむ。そう見えますかなあ」
と、吉次は、苦笑したが、あくまで、腹を割ろうとはしなかった。朱鼻の陽性に対して、彼は、東北人特有な、粘ねば
りと陰影をもっている。 「わしが、侍に思えるとは、世辞でも、近ごろうれしいことだ・・・・それはのう、朱鼻どの、千里の旅を、駒こま
の背に、莫大ばくだい な黄金を積んで、往来する身だ。たとえ根からの商人でも、心は、武者だましいでなければ、歩けもしまい。──
まして、今のような物騒な世を」 「ふ、ふ・・・・。それも、道理よ。まあよい、今の話は、戯ざ
れ言ごと としておこう。時に、お迎えにやった右少弁どの。どうしたか、なかなか見えぬ」 「右少弁どのとは」 「前さき
の非蔵人ひのくろうど 時忠どの。清盛卿の義弟君おとうとぎみ
じゃよ。いちど、あなたに、お引き合わせしておこうと思うてな」 「そうそう、いつか、そんなお話がありましたな。ぜひ、てまえもお目通りしておきたいが」 やがて、やっと、文使いが帰って来た。 しかし時忠は、不在の由で、ついにその夜は、来なかった。 待ちくたびれたと、酒の酔いが、こぐらかって、朱鼻も酔いつぶれ、吉次も泥亀どろがめ
のように酔い伏した。yがて二人とも、揺り起こされて、深更に、そこを出て行った。 堀川の柳の糸には、別れ霜が白く見えた。 |