欄を越えて、板縁をはい、妻戸の外へ、そっと、身をかがめる。 ── 妻戸は開かない。 しかし開けようとすれば容易である。カギのかけ所は、きまっている。小刀でクリ抜くことも出来るし、物音を冒
すならば、力をこめて押せばいい。 「そうだ」 彼は、後者の方法を選んだ。たとえ、家人けにん
が眼をさましたり、築土ついじ
の外から兵士が駆けつけて来ようとも、その間に、常盤を指してしまいさえすれば目的はすむ。あとの自分は問題でない。もとより先に逝い
った悪源太義平のあとを追って逝く覚悟である。 すると、意外にも、彼が行為を起こすよりも先に、室内から、 「・・・・だれです」 という女の声がした。 あきらかに、それは常盤の気け
はいである。 小蔀こじとみ
に灯影がゆらいだ。こっちへ、裳も
を擦す って来る跫音あしおと
を感じると、なぜともなく、金王丸は、妻戸のそばを、跳び退いていた。 戸があいた。そして、紙燭ししょく
をかかげた常盤の白い顔が、外をさしのぞいて、 「そこの男は、もしや金王丸ではないか」 と、言った。 金王丸は、おもわず、えっ? と全身の驚きで、それに答えてしまった。いや答えるなどという平調なものではない。打ち挫ひし
がれたように居竦いすく んだまま、あとの言葉も出なかった。 しかし常盤は、彼の影から、何の恐怖も疑惑もうけてはいない。多少、深夜のしじまをはばかる様子は見えるが、静かに、 「金王丸。・・・・そうでしょう。あの義朝どのの侍童じどう
だった男でしょう。さ、こちらへ、おはいり。・・・・もし番の兵に気づかれるといけないから」 と、さしまねいた。 そして常盤が、壁代かべしろ
の蔭へかくれたので、金王丸も、隙間風すきまかぜ
のように、すばやく中へ入って、部屋の隅に、要心ぶかく、屈かが
まりこんだ。 まだ、切燈台きりとうだい
の灯は、夜更けも知らぬように点とも
っている。 そばの文机ふみづくえ
には、日課の写経がしかけてあった。 |