遠くに、彼の姿を見つけて、上達部
のひとりが、小走りに、廊を伝わって来た。 五条の伴卜ばんぼく
が、お目通りを賜りたいと、兵衛府ひょうえのふ
に取次ぎを乞こ うて、校書殿きょうしょでん
に控えているというのである。 「はて、鼻が何しに」 と、清盛はいぶかった。 宮門まで訪と
うて来るのは、よほどなことにちがいない。ふつうでは、通しもされないはずだがと、校書殿の一室へ行ってみると、伊藤五景綱は、一緒にいた。 場所がらは、よくわきまえている。鼻は、平伏して、戯ざ
れ口ひとつ言い出さない。ただ、常盤の身に、非常な危険が迫っていることだけを、ありのまま告げた。そして彼の指示を仰ぐのであった。 「金王丸とは、悪源太とともに潜んで、平家へ恨みを謀はか
っていた小冠者よな。危うい危うい。それは捨ておけぬ。── 景綱」 「はい」 「わぬしの部下から、たれぞ、心ききたる者をやり、壬生の辺りを、囲ませい。まず、道々を塞ふさ
ぎ、網の魚を追うように、常盤の家へせばめてゆく。そしてさいごに、手づかみに捕れ」 「おと、やすきことかと、思われまする」 「小冠者ひとりよ」 と、笑い去って
── 「朱鼻、預かり者に、怪我さすな。万一でもあるときは、そちの咎とが
だぞ」 朱鼻は、なんべんとなく叩頭こうとう
して、ひき退がった。 伊藤五の兵、二百人ほどが、その日、たそがれを前に、ひとつの計画をもって、壬生方面へ、わかれて行った。 何が行われるかも、往来の者さえ気づかれないほど、遠くから、広い地域をとり巻いた。そして、大路小路、森、藪やぶ
、社寺、畦道あぜみち までを、一歩一歩に縮めて行き、やがて常盤の小館こやかた
を、兵の輪の中へ、鳥のようにとりかおんだ。 |