参議清盛は、前夜、宮中に泊っていた。 極く少数な、上卿
だけの密議があって、明け方近く、やっとおのおの、内裏だいり
のあちこちで、ほんの仮寝をむすんだに過ぎなかった。 問題は、主上と太皇太后たいこうたいごう
との、あるむずかしい内秘にかかわり、すでに、二月ごろから、幾たびとなく、熟議がかさねられていたものである。しかし、どうしても、一致した結論が出し得ないほど、それは、至難このうえもない
── そしてどうなるかは、べつとして、決定するまでは、極秘としておきたいことでもあった。 けれど、深宮に住む女性や仕つか
え人びと には、湖魚のような感覚があって、どんな秘事でも、すぐ知ってしまう。 こんどのことも、もうたれとはなく、 「主上は、恋をしていらしゃる」 と、ささやかれていた。 天皇の恋。 それはかくべつ、なんのふしぎでもない。 けれど、二条天皇がふかく想おも
いこまれたおん方というのは、かつての近衛天皇の皇后 ── いまは後宮におられる太皇太后さまの多子であるということに、たれも、驚かないでは居られなかった。 天皇は、ことし御十八。 太皇太后は、二十三であった。それにしても、 「お年こそは・・・・お年こそなお・・・・お近くはあれ・・・・?」 と、人びとはどうしても、その恋に、畸形きけい
なものを感じて、心からな祝福をもって、ささやけなかった。── そして、夜の大殿籠おおとのごも
りに、声沈ませて密議している上卿たちの灯かげを遠く見るにつけ、その至難な問題のなりゆきに、ともども、胸を閉じられてしまうのであった。 「どうにもなるまい、臣下が、どうのこうのと、夜を明かして、首をうな垂れ合うてみたところで、問題が恋だ、しかも天子の恋」 清盛は、殿廊の端に出て、不健康な夜気を、肺から吐き出すように、朝の陽ひ
にむかって、ひとり言ごと をもらしていた。 何しろ、二条天皇は、去年こぞ
の合戦中、六波羅の私邸に、お守りして、朝夕、咫尺しせき
していた大君である。 かくべつな関係と、かくべつな君臣の情がある。 「・・・・あのとき、白粥しらがゆ
の椀わん に、おん涙をこぼされた思いも、もうお忘れあそばしたものとみえる。天皇らしい御性格といえばいえもしようか。──
制約とか、拘束とかに、なんらのお心も障さまた
げられぬお育ちが、恋の垣かき
にも、御意のまま出て、懸想けそう
の蔓つる を伸ばされたよな。・・・・まあ、そんなものか。垣守かきもり
どもには、やっかいな、蔓の這は
い方ではあるが」 彼は彼らしい解釈をとっていた。 密議には、つらなっても、他の上卿たちのように、しんから当惑はしていない。つきあいに、多少、屈託顔はして見せても、肚はら
には、すでに、ある決定を見とおしていた。 |