名は、隠しても、朱鼻には、もう分かっていた。 「いや、読めた。小冠者は、金王丸に違いない。以前、義朝の侍童をしていて、悪源太とともに、都に隠れていたやつだ」 「あら、分かりましたか」 「分からいで、どうするものか。で、・・・・その文覚の文
は、今朝、まだあったか、失くなっていたか」 「失くなってました」 「あっ。ではやはり・・・・」 「けれど、また、別な紙切れが、結い付けてありました。こんなことを書いて」 と、蓬子は、それを彼に示し、彼の眼もとを見まもった。 文字が何を意味するものか、これからの不安をどうしたものか。思い余って、起き抜けに、それを相談しに来たものだった。 朱鼻は、むずかしい顔つくで、何度もそれを読み返した。竹の露に、墨のあとも、滲にじ
んで、判読になやむほど文字もくずれている ── 元来グワンライ
叢ソウ 武ブ
ノ竹 菩提ボダイ ノ月ニ屈カガ
マズ 但タダ 、 清節セイセツ
ノ風ヲ欣ヨロコ ブ 看ミ
ヨ一幹カン ノ初志シヨシ
ヲ 「どういう意味なんでしょう、それは」 「文覚の文ふみ
を見て、文覚に言い返しているつもりだろう」 「じゃあ、文覚さんのお禁厭まじない
は」 「なんの、あんな野良僧の文などが、効き
くものか。・・・・これで見れば、かえって、痴し
れ者の殺意をケシかけたような結果になっている」 「ま、怖こわ
い・・・・。どうしたらいいでしょう朱鼻さん、ねえ、お鼻さん」 「なに、なんと言ったのだ今」 「いえ、あの、伴卜さま」 「いったい、おまえは少し、ちょこまかし過ぎる。文覚などと親しくしたりするからこんなことになるのだ。少し懲こ
りるがいい」 「ですけど、文覚さんが、教えてくだすったからこそ、常磐さまのお命をうかがっている怖おそ
ろしい者のすがたが、はっきり分かってきたんでしょう。もしわたくしが」 「よくしゃべるな、おまえは。おまえの主人思いは、たれも知っているが、しゃべるのは、少し控え目にするがいい」 「心配で心配で、堪たま
らないせいです。こうしているいまも、もう、どうしていいのか分かりません」 「分かるはずがあるものか。雀すずめ
みたいな脳味噌のうみそ で。──
まあ、壬生みぶ へ帰って落ち着いていろ。ぴいちく、ぴいちく、騒がずに」
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