以前から西海方面には、平家の領国が多かった。播磨
、備後びんご 、安芸あき
、肥後ひご 、その他。 忠盛の代からである。 忠盛も、むかし、宋船との交易を、領国の者に奨励したことなどもあるが、それは私経済の規模でしかなかった。 清盛の抱負はまるで違う。彼の夢は、そんな小さなものではない。 「その意味で、筑後家貞の日向土産ひゅうがみやげ
は、おれにとって、大きな貢みつ
ぎだったぞ。朱鼻、そちも少し、眼を海外に向けて、大きな商法を考えろ」 「思いがけないお話になりましたなあ。自由に、唐土とうど
の文物が輸入出来ますれば、国の大利になり、ひいては、てまえなども、ほんとの大商おおあきな
いをすることが出来ましょう。いや、これは、五条の伴卜も、じっとしてはいられなくなりました」 「けれど、それは、宋船の往来を、都近くの港まで寄せねばだめだ。九州の果てでしていたのでは意味がない」 「そうです。従来は唐物からもの
を載の せている船とみれば、途中、海賊どもが見のがしません。そのため、都との交易は、まったく、塞ふさ
がれておりました。よい港を開き、内海が安全だと分かれば、招かずとて、宋船は入ってまいりましょう」 「それらの調べを、筑後ちくご
にも、日向通ひゅうがみちよし
良にも、いいつけてある。そちも、間ま
がな隙がな、よく研究しておくがよい」 「かしこまりました。男一生の仕事になりそうですな。けれど、・・・・その、男の徒然つれづれ
の方も、まれには、おんお眼をお向けください。道の辺べ
の花と摘つ み折ったきりで、供の者に、持たせたままでは、供の者こそ困ってしまいます。いったい、いかがなさるおつもりですか」 「常磐のことか」 「仰せまでもございません」 「そのうちに行く」 「まだ。そのうち
── でございますか」 「じつは、日向ひゅうが
帰がえ りの土産話にも、さまざま、あたまが忙しいが、内裏にも、ちと、むずかしい議が起こっておる。かたがた、ここしばらくは暇はない」 「ではせめて、今日、よそながらお会い申し上げた由だけでも、彼か
の君きみ のお耳へ入れておきましょう」 「不自由はさせてあるまいな」 「もとより、お賄まかな
いは一切、てまえが勤めておりますれば」 「歌など一首、ことづて致したいが、父忠盛に似もせで、清盛には、とんと歌心がない」 「いえ、いつか、御台盤所さまから、お伺いいたしました。殿のお歌を。・・・・はて、なんというお歌であったか? 「よせ、よせ、おれの歌など、思い出すのは。それよりも、やがて五月雨さみだれ
も近い、からだに気をつけよと、いうてくれ」 「常磐さまに・・・・で、ございますな」 「いやな男よ。分かりきったことを、なぜ念を押すか」 「失礼いたしました。が、なお念のため、もうひとつ、伺っておきまする。これからは、おりおりに、参上いたしてもよろしゅうございましょうか」 「勝手に来い」
と、いい放したが 「余りに、大面おおづら
しては来るな、時子の眼にふれぬように」 と、いい直した。 |