清盛と常磐との、爾後
の問題である。 いや、後始末といってもよい。 何しろ、あれきりなのだ。一切を朱鼻にまかせたまま、清盛は、たった一ぺん、家だけを見に、ちょっと立ち寄ったきりである。常磐が移って来てからは、まだ一度もここの新居へ、車を向けていなかった。 (いったい、どういうお気紛きまぐ
れか) 朱鼻には、気が知れない。不平でならない、また、不安にもたえなかった。 御台盤所みだいばんどころ
の時子からは、出入り止めを言い渡され、一方の清盛にも、うとうしくされたのでは、立つ瀬はないし、かれとして、大誤算である。去年の大乱に、伸の
るか反そ るかを、自分の戦争だとし、一商人の分ぶん
をも越え、いのちも財も、平家方へ賭か
けて来たのが、すべて水泡すいほう
に帰してしまう。注つ ぎ込んだ投資は、これからそろそろものをいおうという機運へ来たところだ。こんな問題につまづいてはと、彼の打算では、行ゆ
く春はる の推移を見てさえ、毎日、気が気でない焦燥しょうそう
に駆か られるのである。 (お立ち寄りを待っていたのでは、いつの日のことやら知れぬ。いちど、清盛様にお会い申さでは──) と、彼は今、そんな思案に沈んでいたのだ。しかし、出入り止めをこうむった身では、以前のように、六波羅の門を通るわけにも行かない。どうして、清盛に会うか。それがまた、一と屈託なのである。 ふと、灯に顔を上げて、蓬子や下部しもべ
たちを見て、たずねた。 「奥の、常磐どのは、こよい、何しておいでか?」 「いつものように、御写経らしゅうございます」 「・・・・そうか。夜でもあるまいし、では、そっとこのまま帰ろう。くれぐれ、血ぐさい話しは、お聞かせしないがいいぞ」 鼻は、小坪の縁から、履物はきもの
をはいて、外へ出たが、ふと、中門の透垣すいがき
から、奥殿おくどの の灯明ほあか
りをのぞいていた。 机に寄って写経か何かしている他念ない常磐の姿が簾す
ごしに見える。それは訪う人もない所に咲いたまま行く春をひとり傷いた
んでいるやみ夜の白牡丹しろぼたん
のように勿体もったい ないものに、彼には見えた。 「ああ、可惜あたら
なものだ。こんな名花を、孤閨こけい
において」 鼻はふと、勝手に好色な想像を描いた。もし、この名花が、時子夫人の牽制けんせい
のきびしい余り、清盛もさすが通うにははばかられるものなら、いっそ、このまま自分が引き継いでも悪くはない。それならそれで、いくらかは償つぐな
いがつく。そんな打算的欲情に思いふける朱鼻だった。 |