(同じ楽器を持って、人を楽しませるなら、もう、堂上人の腐
え爛 れた宴楽に侍
して、浅ましい思いを忍んでいるよりは、青空の下で、貧しくても、心から歓
んでくれる巷 の人びとの中で、笛も吹きたい、鉦
や鼓も打ってみたい) 傀儡師
仲間 に入ったのは、その念願を果たそうために違いなかった。しかし、そうした心の延長は、やがて、町に音楽を売るだけではすまなくなって
── なお一層、彼自身がいまいったような ── 隣り近所から世の貧しい病人たちへの、 “もののあわれ” へ拡がって行くものと思われる。 「いいことだよ。それはぜひやったがいい。朝廷には、典薬頭
もい、貴神の門には、医師 もすぐ罷
るが、貧乏人が病にかかれば、死を待つだけだ。薬を服んで死ねる病人は百人に一人もおるまい」 「そうです。穴ぐらのような家々をのぞけば、きっとたれかが寝ています。寝たら絶望だけです。食えない家ですと、まだ息のある病人を山や河原へ捨てにさえ行くのですから」 「わしは、おまえに、負けるかも知れぬ」 「それは、どういう意味でございましょうか」 「いや、世を愛する心においてだ。わしは、今日、ひそかに恥じたよ」 「そんなことはありません。なにしろわたくしは、伶人
の家に生まれたので、笙、笛、ひちりき、和琴
などは、人いちばい習 びましたが、学問は浅うございます。ですから、難解な医書から、医術を読み習うにも、まことに難渋
しております」 「独学では、ちと、無理だ。わしがよい師を引き合わせよう。師について、教えを乞
え」 「ありがたいことですが、そのような面倒を見てくださるお人がございましょうか」 「あるよ。もと典薬寮
の医博士、和気 百川
というお人だ。高齢なので、退官して、神楽
ケ岡 の二本松に住んでおる。わしの添書
を持って、志を話してみるがいい」 早速がよかろうと、文覚は、硯
を寄せて、すぐ百川への紹介状を書き始めた。 麻鳥と文覚が、むずかしい話をしていると、こんどは蓬子が、ぽかんと、忘れられている形だった。彼女はややもすると、牛飼の富蔵を、魔夢のように思い出して、帰りの心配ばかり口にしていた。 「麻鳥に、送っておもらい
──」 文覚は言った。 「── わしが付いて行ってやりたいが、もし六波羅の人間に見られると、かえって、常磐どのの迷惑になろう。麻鳥、常磐御前
が身隠しの家まで、蓬さんを、送ってやらないか」 「おやすいことです」 「すみません」 蓬子はうれしそうに弾
んだ。立ちどころに、不安な顔を笑靨
した。 やがて麻鳥や文覚と一緒に、外へ出た。 文覚は、もとの牛飼町の辻つじ
で別れた。 どこから、ついて来たのか、二人の後ろ姿を、うす汚い男が、尾行つけ
ていた。 壬生みぶ 村に近い淋さび
しい道へ来て、蓬子は、気が付いたが、富蔵ではないので、べつに、気にもとめなかった。 「あの小館こやかた
が、常磐さまの、身隠しのお家うち
ですの・・・・」 と、蓬子は立ち止まって指さした。 そして、余りに、二人きりの途中が短みじかす
過ぎたような恨みを残しながら、 「ではまた、こんど・・・・ね」 小走りに別れ去って、かなたの築土ついじ
の内へ、姿を隠した。 |