六波羅の兵である。その数、三百ほど、指揮は、難波次郎経遠であった。 朱鼻
の密訴によることはいうまでもない。 しかし、ここには、朱鼻は見えない。代人の鹿七が、難波次郎のそばにいた。抜け道の案内やら、目ざす門口を、指さしたりしていた。 「はいれっ。──
戸を突き破れ」 武者声と、物音は、裏も表もなく、いちに、小さい家を揉
みつぶした。 「地震 ──」 と叫び、 「火事っ」 と、うろたえなから、近所はいちどに眼をさました。たとえようもない屋鳴りやら何かの裂ける音に、人びとは震え上がった。 「捕えた。からめた」 という声はたしかにあった。 しかし、それは志内
六郎だけのことと、一瞬の後にはすぐ分かり、悪源太はと、騒ぎあう声が大きく拡がった。 かれは、寝込みを襲われて、いちどは、まったく包囲されたが、雪隠
の囲 いを蹴破
って、おどり出し、垣 をとび越えて、隣家の屋根へ上っていた。 「やっ。あれにいる!」 難波次郎は、はっきり、眼で見た。 「弓を」 といって、不用意に気がついた。 路地の小家だし、悪源太ひとりとお思って、わざと弓は持たなかったのである。 「あれ、あれ、。また跳
んだぞ。屋根から屋根を」 いたずらに、兵と兵は、ぶつかり合い、ただ大げさな右往左往が、ののしり騒ぐだけだった。 無数の殺傷を、討手に与えて、悪源太は逃げおおせてしまった。 眼
のあたりに目撃した人びとは、鬼神のようであったといい、 「あれでは、待賢門の戦いに、小松殿 (重盛) が、馬のしりを打って逃げたのもむりではない」 と、その日は、この騒動のうわさで、もちきった。 金王丸も、同時刻に、討手の勢に襲われたが、これもまた、血路を開いて、姿をくらました。 逮捕されたのは、志内六郎や馬具師の主や、とにかく、匿った側の人々だけである。しかし、追捕の厳命は、洛内の辻固
めとなり、諸方の街道口には関所が構えられて、往来一人一人を、しらみつぶしに検
めるというきびしさだった。 |