「──
ですから、頭殿にも、わたくしには。お心を許され、九条院の文使いといえば、いつもわたくしの役でした。常磐どのと、密
かに、お逢い遊ばす間の見張りもいたし、幾夜のお供にも、遠侍
にひかえて、さざめ語 の御様子や、ときには、おん涙にしめる灯など、よそながらお偲
びもしたり、数年、相思相愛のおん契
りの深さをわたくしは拝見してまいりました。── それだけに、堪えられません。頭殿になり代って、許せぬ憤りがこみあげます。・・・・いかに戦
の果てとはいえ、そうした常盤どのが、清盛の腕
に抱かれて、いったい、どんな生き心地で、なお生きておられるやと」 「では金王。そちは常磐御前を、刺し参らそうという、覚悟か」 「おそらくは、女性
御自身では、お気弱くて、自害もなし得ないのかと思います。源氏の恥さらし。いっそ殺してあげるのが、慈悲だと思いきめました」 「まあ、待て」 と、悪源太はやや、あわてた。 「そちにそんな手出しをされたら、いよいよ、おれが清盛へ近づきにくくなる」 「いえ、ですから、当分、こらえてはいます。景綱屋敷にいては、寄り付けもしませんが、壬生
の小舘 なら、忍べもしましょう。あなた様が、清盛をお討ちになったら、わたくしはすぐ女性を御成敗申します。あのままにはおきません」 自分の言葉に自分で激しくして行くのであった。悪源太が清盛を恨むように、彼は、常磐を憎んでやまない。 悪源太にしてみれば、腹こそ違え、常磐は父の側室のひとりである、誹
る気にもなれないし、もちろん、手を下
す意志もない。しかし、金王丸の思い出などを聞かされると、彼もむらむらと真っ暗な感情にくるまれた。亡父
の面よごし、源氏の恥、堪えられない不快になる。 「・・・・が、早まるな、金王。とにかく、清盛の方からだ。清盛に報
うてからのことだぞ」 重く語気を沈めた時である。ばさっと、頭の上で、大気を搏
つような響きがして、木の皮屑
みたいなものが、バラバラと顔へこぼれて来た。 「ア。鴉
か」 大きな鳥影が、三人の眼に映った。 巨木の梢から、社の屋根へ降りかけた烏が、何かに驚いて、また高い梢へ、飛んだのであるらしい。 「・・・・?」 だが、三人とも、なお意外なものを、屋根の上に見出した。 屋根の上に居た異形
な坊主である。 坊主は、下の者をのぞいて、無精髯
の中に、ニヤリと白い歯を見せた。人馴つっこいような、また、人を小ばかにしたような、得態
の知れない、そしてなんとも唐突
な存在に見えた。 |