なんの社か、森は乱伐され、社殿は荒れ放題にまかせてある。都はずれの羅生門と同じように、ここも浮浪者たちの巣になっていた一ころがあったらしい。 しかし、それとはかかわりのないように、木々や拝殿の雨樋
にまで、藤の花が垂れ、藪 にも水たまりのまわりにも、山吹の花の叢
が、そこらの陰湿を明るくするほど咲いている。 「や。お待たせ申し上げて」 金王丸は、やがて、六郎とともに、姿を見せた。 旧主の礼をとって、地上にぬかずきかけたのである。すると、義平は、 「人が見ると怪しもうぞ。おれも、わぬしも浪人だ。堅々
しい礼儀はよそう。こう並んで、腰かけたがいい」 と、自分が掛けているように、二人へも、そこらの木の切り株を指した。 「金王。その後は何か、耳にしていないか」 「ここしばらく、清盛の身については、何事も分かっていません。・・・・が、常磐御前が、ひそかに、壬生
の神泉苑 の西へ、住居を移されたことは、御存じですか」 「それは疾
く聞いている。だが、清盛は、まだそこへは一度も牛車
を遣 らぬそうだ。・・・・おりもあればと、ねろうてはいるが」 「いつぞやの夜に懲
りて、ひたと、用心しているものと思われます。しかし、いつかは」 「そうだ、いつかは」 と、若い二人は、なんにでもすぐ燃えつくそうな眼を山吹の陽
なたへ向けた。── しかしすぐ空虚
に陥 りやすい危うさを内に感じてか、 「なんとも、毎日が無念です。頭殿
がいませばと、思わぬ日はなく」 「うむ。・・・・無念よの、亡父
のお心を思えば」 と、たがいに、胸をゆすり合った。ともすれば、余りに長閑
すぎて、蝶々 のような魂に化しやすい青春の血を、むりに不敵な一念へ砥
ぎ合うのだった。 「ところで、御曹司には、どうお考えになりますか。あの常磐どのを」 「常磐御前か」 「生かしておいていいものdrしょうか」 「いうな、女性
のことなどは」 「いや、女性なればこそです。あの醜い生きようを、打ち捨ててはおけますまい。いかにとはいえ、清盛の妾
になって、囲われておるなどとは」 「が、そのために、今若、乙若、牛若たちが、助けられてもおる」 「・・・・と、人びとも沙汰
しますが、常磐どのの御本心が、果たしてそんな犠牲にあったでしょうか。わたくしは、疑います。栄花のため、亡き頭殿
とのおん仲も、昨日のこととなされて、清盛になびかれたものとしか思われません」 「なぜ、そう解くのか」 「生きておいでになるからです。のめのめと」 「それは無理だ。余りに、酷
い批判だ」 「いえ、むりでも、酷くもありません。わたくしは、父の重国とり古く、頭殿
(義朝) の侍童として、お側に仕えていた身です」 と、そのことだけには、たれよりも自分が熟知している唯一の証人であるように、金王丸はつよくいい続けた。 |