ここに、もう一人、都の裏町に潜
んで、悪源太義平と同じような絶望感に陥
ち、そして義平とともに清盛の出入りをうかがっていた小冠者がある。 それは、金王丸
といい、一たんは、義朝主従とともに、近江路まで落ち、あの大吹雪の途中から、一人、あとへ返った郎党である。 この金王丸は、武蔵の国渋谷
の庄の住人渋谷重国の次男で、戦場を去るとき、父の重国から、 「おまえは、平家の者にも、顔を見知られていないから都合がよい。都の残って、以後の情勢を、おりおりに、書状で知らせよ。わけて、常磐どのや、和子様がたの御消息を見まもって
──」 と、特別な使命を、いいつかっていたのである。 だが、金王丸も、日が経つにつれて、悪源太とひとしい虚無感に陥ちこんだ。主の義朝以下、源氏の将はつぎつぎに世から消えてゆき、父重国の生死のほどもさだかでない。 ことに、かれとして、唾
したい思いで見ていたのは、常磐御前の境遇の変りかたである。世間ではもっぱら同情的にうわさしているが、金王丸は聞くごとに 「ばからしい。何が貞女だ。良人
の仇 たる清盛に身をまかせて・・・・・」
と、憤 ろしくなるだけであった。 女性という女性がみな不潔に見え、女性の真実があてにならないものみたいに思われた。 そのくせ彼も悪源太とひとしく、まだ清童であった。女性とはなんらの交渉をもった経験はない。 ただ不愉快でたまらないのだ。自分のものをけがされた感じに近いものである。常磐に対して、何か思い知らすべきだという考えさえ生じてきた。 たまたま。──
彼は二三日前に悪源太と街で出会った。 「わぬしも、都に隠れていたか」 と、悪源太は抱きつかんばかり懐かしがった。その日も二人は夢中で語り合ったが、 「近いうち、また会おうよ。雑色町は、門並み、六波羅勤めの者ばかりだから、おれの方へは来るな。おれが訪
ねて行く」 と再会を約して別れたものだった。 悪源太は、今日、六郎を連れ、その時聞いた金王丸の住居を、あちこち、探していたのである。 「ア。あるぞ六郎。──
あの家ではないか。馬具師の軒が見える」 「なるほど、馬具を作っておりますな。そっと、問うてみましょうか」 「待て待て、もし訪ねてくるときは、馬具に客らしい振りをして欲しいと、金王丸がいうていた。そこの主
とは、黙契 の間らしいが、弟子たちの眼もあることゆえ、ぬかりなくという意味だろう」 「その儀は、かねて伺っておりました。御曹司
には、どこぞで、お待ちくださいますか」 「ウム。あれにいよう。あの社
の裏に」 と、悪源太は、職人町の塵芥
捨て場になっている大きな池の向うを指さした。この辺、冬中は無数におりている渡り鳥も、いまは一羽も見当たらない。 |