神泉苑
の西に、むかし、さる大臣
が愛
しい人をかくしていたという人目だたぬ住居がある。 幸いに、そこが空いていたので、五条の朱鼻は、店の手代をやって、 「主の別宅にしたいから」 といって、買い取らせた。 六波羅の御台盤所
から勘当
をうけて、すぐその翌々日のことである。そしてもうその晩のうちに、家移
りが行われていた。 なにしろ、五条の店に、人手はいくらでもある。牛車、手車などで、夜の具
から、水屋道具、調度の品々 まで、運び込まれた。 鼻は、昼間から、庭師の真似をしたり、掃除したり、さて夜には、几帳
、壁代 から、厨子棚
や文机まで、母屋 の一室にかざりたてて、 「やれやれ、あわてふためいたわえ。だが、落ち着いてみると、悪くない。これならお気に召すだろう」 と、真新しい切燈台の灯かげまで、楽しむように、ひとり悦
に入っていた。 神泉苑の森蔭に、乗用の牛車や供人を遠くおいて、さっそくこの新居へ、訪れて来た貴人がある。 「やあ、なかなか、静かではないか、庭も佳
い。小さいながら、泉殿もある」 庭を通りながら、客は、あちこち見まわしていた。いや客ではなく、じつは、ここの家をも持つことになる清盛であった。 「殿、いかがでしょう」 「でかしおった。よくこう早く、調
ったな」 「その御一言で、鼻は、満足いたしました。── 御台盤所さまには、御勘気
を受け、殿からは、人知れず急げとばかり御命
を受け、いやもう、ここ二日二晩は、ろくに眠りもいたしませんでしたが」 「まず、よいわ。そして常磐の身は」 「夜更けて、街も寝静まるころ、そっと、景綱様のお屋敷から、ここへお移し申し上げるつもりです」 「そうか。・・・・それを聞いて安心した。では、何かと、世間のつくろい、日々の暮らしむきなど、世話をたのむ」 「もう御帰館で」 「ここしばらくは、奥方
がな・・・・」 自嘲 して、しかし、楽しそうに、清盛はあっさり帰った。
けれど、その後も、清盛の姿が、ここの静かな門を訪うことは、まだなかった。時子の疑いが容易に解けて来ないのであろう。そして、参内の帰路を心がけても、めったに、内裏から気楽に帰る日もないものと思われる。 鼻は、朝に見え、夕に見えて、 「御不自由はありませんか」 と、親切のかぎりを運んだ。そして、 「常磐さま、六波羅の君は、一度も、お見えになりませんか。はてさて、情
のうすい」 と、彼女の言いたい怨
みまで代って言ったりして、ここの無聊
と淋 しさを賑
わしては帰った。 |